2022年2月10日木曜日

これ箱に入ってるね?

 仕事用の靴を買いに行った時のお話。

ついこの前までは作業用の靴はブーツと決まったおりましたが、どうも最近は歳のせいか、ブーツで一日過ごすのが辛くなってきた感がありまして。

どうも膝や腰に負担が強いような気もしておりまして、スニーカーへ変更した経緯がございます。

犬の散歩などをしておりましても、我が家のいぬっこは、惜しげもなく全力疾走するものですから、こちらも負けじと全力疾走するのですね。

そうしますと膝や股関節からこれまで感じたことも無いような軋むような痛みを感じるようになりまして。 これは何と言いますか、経年劣化しておるんですね。

関節が、靭帯が悲鳴を上げております次第で、どうにも筋力だけでは解決できない由々しき問題です。

そんなこんなで、靴をスニーカーに変更しましてからは、随分と関節も楽になったような気が致します。

前置きが長くなりましたが、そんなような事情にて某靴量販店に行きまして。

無論店主なんぞは流行などどこ吹く風、何が欲しい、メーカーがどうとかどうでも良い話でありまして、とりあえず今持っている物と同等の物が欲しいと思った次第です。

お店に着くなり、同じ系統の売り場へ参りまして、おもむろに似たものを手に取り、これの27センチが欲しいと、店員さんへ申し上げたのでございます。

お若いお兄さんの店員さん、学力テストは良さそうな人間味を感じない、温度を感じさせないけど浮気はちゃっかりするタイプの店主の嫌いなタイプ。おくびにも出さないですが。

「この商品は26.5しかないですね」

以上。

「ちょっと試しても良いですかね?」

「えぇ、はい」

「う、これは入らんですな、小さい、同じ型の色違いは27センチ無いですかね?」

「それが入らないなら27センチも入らないっすね」

「ん? ははあ、、なるほどそういうもんですか?」

ここで店主は待ったのであります。

何がでるのかと、”同系統の仕様ならこういう物がありますね”、”違うメーカーならこのラインナップがお勧めですかね”、”ちょっと値段は張りますが、ここは僕のおすすめを持ってきます”。 

何でもいい、勧めれば間違いなく買うイージーなお客だぞ、さぁこい、準備は出来ている。

気概さえ感じれば気に入った!5万出そうというタイプのイージーなオッサンだ。

若者は何も言わなかった「ただの屍の様だ」。

売るのが面倒なら辞めれば良いし、辞めたら生活がというなら売るしかなかろう。

売らない、だけど給料は欲しいは言語道断だ馬鹿もんが。

と、昔の店主なら思いっきりビンタして首根っこ掴んで裏へ連れて行って膝蹴りするくらいムカつきましたが、グググっと堪えてこう言い放ちました。

「まぁ、それじゃあ諦めますわ」

「ほい」(はい)

ハイがホイになっとるがな。 ちゃんと喋れ。

そんなこんなで結局近くにいた別の女性の店員からナイキを購入しましたが。

こちらは明るく朗らかな対応。 だがしかし、外面じゃだめだ、おじさんは商売の気概を見たい。

「お嬢さんこれ買うよ、箱は要らないから靴だけでいいよ」

「あ、分かりました!保証返品できなくなりますが良いですか?」

「ははぁ、分かりました」

「お品物です、ありがとうございました!」

「・・・・。」

これもう明らかに靴が箱に入っとるがな。 3秒前や、3秒前に言うたやんか。 俺の話聞いてないやん、付き合ってないのに付き合ってる事になっているみたいになってるやんか。

「スニーカー洗濯用にこのスプレー如何ですか?」

「ははぁ、なるほど、こういうのねぇ、いやこれは要らないかな、では失敬。」






まぁ、そう言いながらも、帰りの車で昔の自分を思い出して苦笑いの店主でした。



2022年1月8日土曜日

SUZUKI RMX250S

思い立ったが吉日という言葉がございますが、この言葉、裏を返せば思い立たねば実行の日は訪れないという意味合いにも捉える事ができます。

店主のモットーの一つに、デイドリームには日付を入れよというのがございまして。

いつかこうなると良いな、その内アレをやってみようというのは、これ即ち凡そでは達成することがないと踏んでいます。

達成することが在るのだとすれば、途中で日付が加わった場合のみ、それは実行に移されるという場合はございます故に、あながち頭ごなしにあぁ、それはもうできないね!等と引っ張りだこのフランスに住むコメンテーターの様な辛辣な意味合いではございません。

云わば、何かをやるという事は、何かをやるその日があるという事。

明日やろうと思えばそれは明日。

3年後やろうと思えば3年後の今日この日でありますから、それは確実に訪れるのでございます。

しかしながら、いつかは、いつか。 その内はその内、気持ちの整理がつく日は気持ちの整理がつく日でありまして、日付が入っていないその指定日は即ち∞。

この∞が厄介でありまして、当人のやる気持ちを、「えらい!よく決めた、そうだ君ならできるよ!」と励ましながらも、それに伴う怠惰や惰性を「ひょえ~そんなにすぐやるの?急がないで焦らないで、まだまだ時間はあるよ?人生はまだまだ先は長いよ?ちょっと寝てからにしようよ!」と優しく甘やかすのが厄介な代物。

この優しさに甘んじておりましては、いつまでたってもそのいつかに日付を入れることが叶いません。

このモットーに関しましては、着実に日付を入れて夢を叶えて来た店主は自信をもって言えることが出来ます。 

やりたいことがあるなら、それに日付を入れるべきである。

必ずしも何日とまで入れる必要はないが、最低限でも年は決めるべきである。

店主の日付は

来年の秋のレースには復帰。 

今年の年末には芦田屋の新たな展開(秘密)を巻き起こす。

更に再来年の年末にはさらに新たな展開(秘密)を巻き起こす。

今年の4月には個人的に新しいバイクライフをスタートさせる。

他にも色々とありますが、いつまでにやるかは決定しているものが全てであります。

夏休みの宿題は締め切りが決まっているからこそ終わるのです、夏休みの宿題、いつでもいいからやってみてと先生が言ったら、何割の生徒が夏に仕事を終わらせるか?

答えは言わずもがなでございます。

因みに店主は夏休みの宿題はやった事がありません、自作のイカダ製作に忙しく沖に出たり、神輿を自作したり、山に滑走路を造って自作の凧で空を飛ぼうとしたり色々と忙しかったので、教養を排除して、そして中卒になってしまいました。

まぁ生きているのでとりあえず上手くやったなとは思います。

そして日付を入れたうちのこれがもうすぐやってきます。





いやぁ買ってしまいました。 SUZUKI RMX250S。

まさか自分がばくおん!!でいう鈴菌に感染するとは思いませんでしたが、ランツァに出会ってからという物、2stオフロードを毎晩夢見るようになり、かれこれ3か月程バイク探しに彷徨って買ってしまいました。

CRM250Rも考えていましたが、ホンダさんの過去に対する姿勢から、今の店主とは反りが合わないかなと思い、ちょっとやめました。 

2stオフロード戦争で最も気性が荒いと言われたこのやり過ぎマシンとついにカタナがやたらとカッコよく見える病気になったからにはSUZUKIに乗るしかない!と思い立ちました。

これで何をするのかと言いますと、信号が無くて、人が居なくて車があまり走っていない場所を只管走りたい。

即ち林道を始めたいという思いが突き動かしてくれました。

芦田屋林道部。

そいつが新しいお楽しみ。

先ずは自分でちょっと初心者コースで始めて、またレポートしてみます。

もしちょっと一緒に始めてみたいという方いらっしゃれば、同じ初心者の店主がご一緒します。(笑)

250は車検もないし、維持費が安いし、高速も乗れるし、保険も安いし、車体も安い。

良い事尽くしだなぁと思ったのが最初です。 

無論ですが、ハーレーダビッドソン車でのチャレンジは相変わらず続きますので、その辺はご安心下さい。

特にワイドグライドのカスタム計画は早くやりたいが・・・日付は、まだ入れない。








2021年12月9日木曜日

思い立てば夕暮れの為、記憶遊び

センチメンタルだ。

屋上は寒い、冬の風は無駄に強いし、これっぽっちも役に立たない。

他にやる事は山ほどあるのに、屋上に上ってみたくなった。

歳をとってもセンチメンタルになりたい時がある。 正確には歳を取ったなりのセンチメンタルを味わいたいのである。

近頃殺伐とした記憶が海馬を取り巻いている、そんな時はちょっとは感傷的になりたい時がある、誰だってそうだろう。 いやそうでもないか。

取り分け何か特別な事があったわけではないのだが、生きている時間が殺伐としてくるとどうも記憶がゴチャゴチャと雑多な池袋の街頭のような様相を呈してくる。

ああ、生きているだけで精いっぱいだ、自分の生活が濁流の様に流れてゆくのだ。

明日はアレをやって、これをやって、だれそれの話を聞いて、あいつの問題を解決して、だれそれに説明して、誰それには怒られるんだろうなぁ、そんなこんなの日々できっと毎日は濁流のように流れてゆく。

寝る前に考えるのは明日の仕事の事、そんな日々も嫌味なくらいにサラサラと風に翻弄された砂の様に流れていく。 

多分、忙しかったのだと、そうだとても忙しいのだと。

忙しい自分をなだめすかして、日が傾いてゆく。 

悲しくもないし、別に空しい訳ではない、ただただ生きているだけなのだ。 生きるために、大事な物を守るために必死で戦っているのだ。

人生ってそんなもんだろうと自分に言い聞かせているのだろう。

さすれば馬鹿みたいに屋上に上って夕日に向かって叫んでやりたいもんだ。 

いうなればあれだ、夕日に向かってバカ野郎だ。 実際は言う訳もない、でも心で言ってやれ。

色んなジジイに歳をとったら感傷的にはならなくなると言われたけど、俺は生まれてから死ぬまでずっと感傷的だ馬鹿野郎。 一瞬だって冷静に見てやいないぞ、ずっと心で物事見据えているんだ、どうだ中二病だろう、羨ましいだろう。

燃えるような夕日にずっと遠い過去を重ねてみる。

記憶が消えていく。 

気付いた時には、色々と思い出せなくなった。 子供の頃の故郷の風景や、友達だった人たちの名前、好きだった人の顔や、名前、ガキの頃に上ったあの山は一体どこにあったんだろうか。 通った中学校の場所が思い出せない。

過去はどこに行ってしまったのだろうか。

少ないが、過去に何人かそんな人に会ったことがある。 

その人の話を聞いた時に寂しかったのを覚えているが、自分もそうなるとは思わなかった。

何故か祖父を思い出す。

死んでもう28年以上経つが、祖父の記憶はまだかろうじて此処にある。

彼はまだこの海馬に生きている、彼の存在は無ではない。 だがいつかは俺もこの世からおさらばだ、そうなったら祖父はほぼ完全に消滅するだろう。

思い出さなきゃな、長生きしなくては、そう思う、今はまだ忘れてしまっては忍びない。 存在が大事だろう。
祖父が若かりし頃、色々あったろう、危ない目に遭ったこともあるだろう、恋をしたこともあるだろう、校舎の窓から校庭をぼんやり眺めたかもしれない、皆そんな素敵な記憶をかろうじて心に留めているんだな。 だけど祖父がそうしていた事や、そんな出来事はもう誰も覚えていないだろうし、その記憶を持っている人は存在しない可能性が高い。

生きている時間は記憶消滅するまでのカウントダウンなんだな。

仕方ないさ、今更それはもう仕方がない。 

日が暮れる、あっけない。 拍子抜けの話題作の映画の様だ。

とりあえず、寒いし、家に入ってYou tubeでも観るかね。 

日々の馬鹿野郎。


注:たまにはこんな風合いの書き方も面白いかと思った今回でした。 筆遊びでございます。 芦田屋店主





2021年11月11日木曜日

改革エナジー

 近年の与党政権は短命過ぎて、おおよそが頼りないものだと感じ入るところがあり。

なんとなくではあるが、そもそもの国会や内閣発足の歴史について改めて調べてみる機会がありました。

そういった内容は恐らくは小学生の段階で習うのではないかと思うのだが、江戸幕府の討幕から明治維新にかけて、その流れを克明に追ってみると、そう易々と現在の政治システムが構築されたわけではないことがよく分かる。

店主は現在の政治至っては、国民の声など大して届いていないのではないかとそう決めつけていた節があり、実際はそういった側面も確かにあるのだが、実はそう簡単に切って捨てるには勿体ない、実に多難な壁を乗り越えて現在の国内政治があることに気付かされる。

その要因となったのが現在の政治の原始となった、革命家?と呼んでいいのだろうか、明治時代の政治改革である。

正直なところ、倒幕まではあまり興味がなく、個人的にはどうでもよくて、強烈に印象に残るのは明治維新後の、大正までの政治の紆余曲折である。

明治維新後、西郷隆盛や、大久保利通、岩倉具視、伊藤博文らによる超絶スピーディーな改革と戊辰戦争の決着に見る当時の混乱具合は想像するに余りあります。

現在の馴染みある都知事や県知事等も、この時代に生まれたシステムですから、100年以上経った今でも自治体に知事を置くというシステムが基本的に変わらず踏襲されていることに、そのシステムの堅牢さを垣間見ます。

所謂これが廃藩置県というやつですが、その際にクビになった大名と呼ばれるそれまでの支配層の行方が個人的には凄く気になるのですが、更に詳しく知る為に現在勉強中であります。

この日本国における途方もなく大きな改革と失われた命の末、現在の政治システムが構築されたことは、決して無関係ではなく、そもそも投票権が生まれながらに備わっているという事自体に大きな先人たちの苦労があったことを忘れてはならないと感じます。

この一連の改革の規模を考えた時、会社や組織での変革をよく照らし合わせたりしてみることがあります。

小さな一部門であっても、そこで起きる変化という物は、マクロで見た際には大きなストレスや、障壁が立ちはだかりますし、大変な思いをした記憶が蘇ります。

たったそれだけの小さな組織ですらそうですから、日本を180度ひっくり返すというこの前代未聞の改革のエネルギーと犠牲は計り知れないと感覚的に感じることができるのです。

今は一人で行動していますから、そういった事象とは無縁となりましたが、今以てそういった組織での立ち振る舞いの仕方という所に、客観的な視点を持ち合わせて参りまして、より冷静沈着に分析できるようになってきた次第ではありますが、時既に遅し。

現在の店主に必要なのは独立独歩で生き残りうるその手腕でございますから、何とも皮肉なものであります。

それでもまぁ、芦田屋が潰れた折にはどこかの組織に頭を下げに下げて拾って貰い、また雑用係から出直しとなる訳ですから、その初心や心持は忘れずに取って置きたいものであります。

この点に関しては、意外と立場に関する興味がなく、キャリア体裁という部分に関してはプライドが皆無の性格も助けており、見栄は張らずにまたやり直せる自信がございます。

また何が言いたいのかよく分からない文面になってしまいましたが、組織の中で何かを変えたい、自身の理想を形にしたいと思った時に、果たして自分はどんな役割を担っているのか、いつかそういった機会が巡った際には、少なくとも、その点で熟慮できる人間でありたいものです。









先日の芦田屋股旅では5名のご参加を頂き、貴重な時間と景色を共に堪能することができました。 通常は、目的地がどうであるか、着いたことろで何があるかという点が目的になりますが、それらが欠如した、特殊な志向であるこの旅。

どんな道をどういう風に走って、それが美しかったか、心地いいと感じたかどうかが大事なこの旅。

来年はどこを走るのだろうか? 

刻一刻と死に向かって生きる貴重な一日をどう過ごすのか。 それが割と楽しい昨今であります。

 

2021年10月7日木曜日

カート顧問の芦田屋視察状況報告書

10月になっていたことをすっかり忘れる位に忙しない毎日。

そんな忙しい日々ではあるが、それもこれも、コロナの影響によるところの、アウトドアブームの恩恵であることに他ならない。

そもそも芦田屋にそんな実力が元々備わっているとは到底思えないし、開業2年目でそんな実力が備わっていると思うのは思い上がりだと思う。

もう随分と長い間人類を苦しめているコロナウイルスも、何の拍子か全国的に急激に収まって、且つて当然と評して過ごしていた日々の情景が尻尾だけチラリと見えてきたような気もするが、ここで気を抜くのはまだ早い様な気もする。

街には人が戻って、少しばかりか笑顔と活気が垣間見えることは、何だかほっとする反面、少しその脆さが儚くもある。

人の一生について最近よく考えすぎてしまうお年頃なのか、40代になると、残りの人生をどう過ごすか、残り時間に実感が出てくる年代ですね。

アウトドアブームに乗っかって、バイクの需要も凄い事になっているらしく、今年のバイク全体の販売台数もこの20年では記録的であるそうな。

店主は少し嬉しい反面、これまで大変な思いをして入庫促進や販売促進を文字通り身を削って邁進してきましたから、少々複雑な気分ですが、これは予想するに、何事もなかったように、ほぼ元通りになるのではないかと予想しておりまして。

元々バイクというもののマニアックさと、源流にある地球環境やIT化を含めたグローバルな流れは、内燃機を保有することでしか存在価値を見出せないバイクというものは、其れと相反するところがありますから、やはり以前の状態に限りなく近づくのではないかと思っています。

というよりも、それが自然な流れだと思うのであります。

それでもバイクが好きでたまらないという人だけが、乗り続ける。 週末は居酒屋に立ち寄ってうまいビールを飲んで、電気自動車に乗って、夏休みは飛行機で海外旅行、これがやはり本流でしょう。

観光業も、飲食業もアウトドアに奪われた層を取り戻しに来るはずですから、今の需要は少なくとも維持することは不可能に近いというのが予想しているところですが、本音を言うと、その予想がまるっきり外れて、バイクってやっぱり海外旅行より楽しい!と思って頂ける層が2割でも3割でもこのまま残ってくれれば、嬉しいなぁと思うのがバイク屋のおやじの本音でした。

そんな中、騒音問題について、思う所があり。

これは2007年にもとあるコラムで書いたことがありますが、騒音規制というのは排ガスの規制と違って国内の騒音苦情通報件数や、国交省に送られる意見書の内容に大きく影響を受けているものですから、この10年20年で大きく規制が進みました。

要するにバイクに乗っていない人にとっては、総じてバイクというのはうるさいのだと。 

排気音がである。

そういった通報は年間を通してものすごい件数になる訳です。

お役所としてはそういった意見を無視してしまうとお仕事していないことになってしまいますから、あらゆる策を講じて参ります。

路上の違法改造検問もその一環ですから、その動きは年々顕著になってきていると思います。 騒音問題に関しては、総じてと申しましたが、この総じてというのは規制が掛かっていない年代の車輛も含まれてしまうのが大きな問題点の一つだと思っています。

もう一つは規制が掛かっているにも関わらず、違法なマフラーを取り付けてしまう事で、更なる規制を早めてしまう。

店主の思いは複雑であります。

個人的にバイクの排気音が大きくてなんぼのもんじゃいと思っている、生粋のバイク野郎ですから、音を楽しんでおられるライダーを非難できるはずもなく。

旧車は規制が掛かっていない物が多いですから、排気音は∞であります、詰まる所どれだけうるさくても構わないと。

しかし、何度も言いますが総じて通報されますから、規制外の騒音の通報が、新たに生まれるバイクの開発及び設計に、超静粛騒音という最高レベルの足枷を付けて誕生を阻害しているというループは、これ何と切ないループかと思うのです。

かと言って、既に規制外で所有しているバイクに遡及措置を採ることは他の法律を絡めてしまうこともあり非現実的なのだそうで。

店主は清廉潔白な人間ではなく、あまりいい人間ではありません。

そんな違法マフラーを見て見ぬするアホなバイク屋のオッサン曰くで、自己満は捨てて、通報されないレベルの、程ほどの音にして、全体的にあと何割か静かなマフラーにしませんかね。

例えば、自分の子供がバイクを楽しめる時代的マージンを残すためでも良いのだと思います。 バイク全盛の良い時代を生きた世代たちからのプレゼント的な。

それがバイクの未来に、実は繋がっておるのだと信じてやみません。
電動バイクもまま、良いのですが。 嫌いじゃありませんから。

バイクブームと騒音問題についての個人的な感想文、小学生の夏休みの宿題レベルで大変恐縮でございます。

さて、明日からは恒例の?芦田屋店主の股旅に出て参ります。 今回は北と西に向かって、風を便りに旅して参ります。  

余裕があればインスタの方で様子をアップしたいと思います。


こんにちは、芦田屋顧問のカートです。 本日は芦田屋の視察に来たよ。


思ったより人通りの多い道路で安心したぞ。

この汚い帽子のオッサンが店主か、、、仕事してるふりしてふざけたオッサンだな。
嚙み殺してやろうか。






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