2024年2月15日木曜日

キエル魔球 ~種田ホープ軒~ その3 種田と國山

「東京外国為替市場の円相場は高値で横ばいになっています。 1ドル110円45銭~47銭の高い円高水準となっており、日本製品の競争力低下が懸念されいます。」


店内の天井隅に設置されたテレビから為替のニュースが事もなげにツラツラと流れている。

幸田は素早くざっとの計算で自身の外貨資産を脳内で暗算していく

「なるほど、つまりこういうことか。 種田さんは國山の言う事を信じた。 その根拠として彼の脅威的な野球技術は人間の肉体的な限界を遥かに超えていたと。」

「まぁ簡単に言うとそういうことになるね。勿論それだけではないよ。 だけど、彼のやってた事はプロ野球選手、もっと言うと人間の成人男性が鍛錬して到達出来る次元ではなかった。」

幸田の質問は端的にこうだった。

「どこの誰が宇宙人で、ここにいて何をしているのか?」

幸田の席から3つ離れたカウンター席で足田は警戒を解かない。 気になっているのは先程出て行った山ちゃんと呼ばれる男。

奴は恐らく帰らない。 種田に言われて渋々店を出たが、出た後に一切店内を振り返らなかった。 飲んだくれのオッサンを演じていたが、頭の中から出てくる殺気が半端ではない。

それに、店を出て行ってしまって、この後店内の様子を確認出来ないのなら、後ろ髪を引かれて必ず気にする素振りが出てしまう。つまり振り返る。 だが、全く無いという事は、直ぐに監視する予定なので、店を出た段階で中を確認する必要が無いという事だ。 或いは帰るという見せかけの意思を敢えて見せたという事だろう。

種田との接触の後、奴と接触する可能性は極めて高い。 即戦闘になる可能性もあるので、先回りで戦法を張り巡らせる。 幸田も恐らくそこは織り込み済み、俺がそっちを自発で担当して段取りするのは予想しているだろう。

故に奴は今謎解きに夢中だ。

俺はそっちには全く関心がないが。 半グレ同様、奴が危険な人物であれば俺の監視対象としては成立する。 

「ん〜、種田さん、やっぱりちょっとよくわからないんだけどさ、國山は元々農家の息子だったんだよね? プロ野球選手になる前も農家だった。 それが何故宇宙人だと自分から種田さんに告白して、何故地球にいるのか説明し始めたんだろうか。  それってつまりは、、。」

「そう、アンタの予想している通りだと思うよ。 國山は、プロ野球になる前に精神的には一度は死んだ。 言い換えれば、國山は肉体を宇宙人に乗っ取られた。」

「マジか、、。」

流石の幸田も呆気に取られる。 ファンタジーにも程がある。 足田は少々アホくさくなってきて飽きてきていた。

「ではアンタはプロ野球選手現役の間、乗り移った宇宙人と戦っていたと。」

「結果的にそうなるね」

「ますます分からない、乗り移った宇宙人、一応國山と呼ぶが、乗り移られた國山は、、」

そこは無関心の足田も率直な疑問に思う。

"何故宇宙人が野球をやっている?"

かなりの沈黙が続いた。

せっかちな幸田も先を急がせない、何故なら何となくだが、先程の山ちゃんと呼ばれる男の圧力を感じているのだろう、そこが本質であれば種田は簡単に口を割らない。

「この話は恐らくとても危険だから余りしたくないのだがねぇ。 アタシももう歳だし、年甲斐もなくトラブルはごめんだ。 実はこの店もね、後もう少しで畳もうかと思っていたところでね。

「話をする事自体が危険なの? 少なくともここには俺達3人しかいないが。」

「彼等はどこにいても聞いてるさ、必ずね。 でも、もう良いかな。 こうやってはるばるこの問題に首を突っ込んでアンタらが聞きに来てくれたんだし、ここらがアタシの限界だろう。

当時ね、國山さんが何故アタシにこの話をしてくれたかは、ハッキリとは分からないが、彼は当時こう言っていた。」

時は遡り、30余年前。

プロ野球シーズンも中盤に差し掛かって、先発投手として、投球の疲労が溜まってきた種田は、消える魔球を投げつつける事に苦悩していた。 肉体的にも精神的にも限界だと思っていた。 

その晩の阪神ブレイブスと中日キングスのゲーム終了後。

種田が帰路に着く為、車に乗り込もうとしていた所に國山は突如現れた。

「タネニャン、こんばんにゃ。」

「國山さん!何故こんな所に?」

「タネニャン、たらい回しに行こう」

「たらい回し?何を言ってるんですか?」

「ボケ! たらい回しを楽しむお前達!」

「ボケって…ひどいな。 たらい回し、、あぁ、ひょっとしてドライブの事ですか?」

「あぁ、それ。 ドライブ、貴様と話をしたい。」

「貴様って…失礼だな貴方。 分かりましたよ。」

種田は戸惑いながらも、当時から独身なのでどちらにしても試合が終われば家に真っ直ぐ戻った所で飲んで寝るだけだと思い、國山に助手席を勧めようとした時には何故か國山は既に助手席に座っていた。

気味が悪く思いながらも、あの天才スター選手が誘ってくれた事に対して、種田は悪い気はしなかった。

ナゴヤ球場を後にして、車は名古屋首都環状線をゆっくりと走っていく。 種田の愛車は当時でも古いトヨタのクラウンだった。 

「この車は何と言う車にゃ? 楽しいな。」

「そんなに特別な車じゃないですよ、トヨタのクラウンです。 地域柄、トヨタの方が何かと印象が良いんですよ。 1974年式でクラウンとしては4代目。 通称クジラクラウンと呼ばれています。 人によってはブタクラウンとか言ってましたね、当時は3代目に比べて不人気で、直ぐに5代目に切り替わりましたけどね。」

「そんなクソ車に何で乗ってるのだ?」

「クソって…何なんですかさっきからアンタ一体。 國山さんってちょっと頭変ですよね? 
この車はね、何だか自分に似てる感じがしてね。 この車はピカイチで内装が美しい、デザインも機能も当時から他の高級車から抜きに出ていた。 それだけが良い所。 
それがね、消える魔球を投げ続ける自分とちょっと似てるかなってね。」

「なるほどな。 確かに、このココのあたりとか良いな、この具合が。」

そう言って國山は握った握り拳でダッシュボードを思いっ切りパンチし始めた、ダッシュボードが激しい音を立てて軋む。

「おい!國山!何やってんだアンタ!」

「ん?ああ、気にするな種田、良い事だ。」

「はぁ?何なんだ一体、、」

「種田、野球好きか?」

「いきなり何なんですか? 野球好きかって、複雑ですよ、好きだけどね。 そう簡単に割り切れるモンでもない。 特に私の場合、消える魔球が無ければ、誰かを投げ取れる球種を持っていない。 恐らく消える魔球を止めれば、連日被弾の嵐でしょう。 消える魔球を投げ続けなければ野球選手ではいられないでしょう。
言い換えれば、消える魔球が無い私は高校球児以下の草野球チームの投手です。 
だけど、好きだから、誰よりも練習はしてきたつもりです。
だけど、そんなにうまくはならなかった。 ギリギリ崖っぷち、プロ入り出来たのもドラフト外でしかも練習生でした。」

「その練習生時代に消える魔球を会得したってな。」

種田は思う、この人野球になると急に普通に話し始めたな。

「そうです、練習中に汗で手がべとべとになって、球が滑って失投したのが最初です。 練習生のキャッチャーが受け損じて、騒いだんです。」

「一瞬球が見えなくなった、ブレてボヤけた。と。」

「そうです、あり得ないと思いつつ、似た様な投げ方を何度も何度も繰り返す内に球が高速で振動して空間に溶け込む様になった。
ただ、あの球種を投げる為に、異常な力みと手首のスナップを使いますから、この歳になって、そろそろ限界を感じています。 もう、右腕が限界なんです。」

「そうやってこの我輩を討ち取るのか。 素晴らしい。 あの球は我輩の解析データに数値的にも情報が上がってこない。 だから我輩でも殆ど打てない。 我々の技術を駆使しても解析できない極めて異質な現象だと本部は言っていた。
貴様に出会うまで、報告書には野球文化は我々の時代には不要であると報告しようと思っていたが、貴様に討ち取られて気が変わった。
残すべき文化として報告を上げたのだが、本部は保存条件不足としてそれを拒否している。 
我輩はそれに反発して、監査員を入れ替えるなら交代要員を消去すると話しているのだが。
種田どう思う?」

「いやいや、何の話か分かりませんね、何か文化の査定でもしてるんですか? どこのお役所なんですか?」

「役所ではない、お前達地球人によるこの惑星の支配権与奪を検討する惑星外生命体が構成する団体による査定だ。」

「頭おかしいのかアンタ、ちょっとやめてくれ」

「この男の頭は特に異常検出されていない。実体としては我輩はここに居ないが、國山という男の精神と肉体をデータ送受信で動かして國山を操作している。 物理的にこの惑星に惑星外から生命体が到達する事は難しいが、データとしてネット送受信してコントロールする事は可能とする技術が既にこの惑星外でスタンダードになっている。
お前達地球人の技術でも脳科学の分野においては原始的な脳波通信は一応確立しつつある。
ただ、意識に介入して脳をコントロールする所までは遥か遠いがな
そうして、この惑星における人間すべての活動、自然環境、惑星近宇宙の環境を監視しているのだが、いよいよお前達人間の活性化と活動理念及び実働が問題視される様になったというわけだ。」

「その話、俺はどうやって信じればいい?」

「それは想定通りだ、準備してあるので証明しよう。 その代わり、信じてもらえるのなら、手伝って貰いたい事がある。

「バカバカしい、どうせ先に何を手伝うのか聞いても教えてくれないんでしょ? だったらさっさとやってみてくれ。因みにお金は貸しませんよ」

種田はもはや、冷や汗が止まらない、車の隣に載せた男が、宇宙人であると言う。

あまつさえ、地球人はどうも危ないらしい。



何とか上手く話を繋げたが、かなり強引な曲げ方が気になってしまう。

別のルートで國山の影を追っている新聞記者である加藤との関係性をどのように繋げていくのか、繋げないのか? 最後まで繋げない事も想定できるが、店主的には乗っ取られる前の國山を加藤には掘り下げてもらいたい所もあったり、乗っ取られて死んでしまった当時の解析も加藤にしかできないだろう。

しかし、最も難しい局面は、今回明らかになった地球外からの地球人査定の話を、世間に出すのか出さないのかというラインである。

恐らく前者は店主のスキルではほぼ不可能かと思う。

加えて、時間的制約が大きすぎて恐らく書き切れない。 毎日こんな事が書けたらどんなに幸せだろうかと思いつつ、根気良く続けていきたい。

何の為に? いずれ歳を取ってバイクいじり以外の余暇の楽しみの為に。




キエル魔球 ~種田ホープ軒~ その3 種田と國山

「東京外国為替市場の円相場は高値で横ばいになっています。 1ドル110円45銭~47銭の高い円高水準となっており、日本 製品の競争力低下が懸念されいます。」 店内の天井隅に設置されたテレビから為替のニュースが事もなげに ツラツラと流れている。 幸田は素早くざっとの計算で自身の外貨...