2022年9月21日水曜日

小生とアンタ

 ブラインドカーテンの隙間から入ってくる光が帯を成して西日が差している。

この部屋は小生のお気に入りではあるが、この西日だけは毎度の事ながら眩しいので嫌になる。

今日は朝から眠り過ぎてしまった、いや、正確には寝ること以外特にやることも無いのだが、、。

こうもやる事がないと、どうにも眠るしかなくなってしまうものだ。

元々眠りはかなり浅い方なので、寝ようと思えば何時間でも寝ていられるのだ。 小生だけがそうなのか、小生以外もそうなのかはさっぱり分からないが、兎に角寝るのは得意である。

今日は珍しく男が部屋にいる。 

小生に適時に飯を持ってくる便利な男だ。 その上マッサージまでやってくれるし、やたらと高い声で小生の事を何やらモゴモゴ訳の分からない声音で撫でまわして来るのだが、それは時に嬉しくもあり、この上なく噛み付きたい程苛立つこともある。

この男、一体何を考えているのかさっぱり分からない。 難解な声を出して何を伝えたいのかさっぱり分からないのだが、一つ分かっていることは、この男どうも小生の事が好きでたまらないらしい。

小生が危ない目に遭った時は小生を抱きかかえて守ってくれるし、小生のケツもこいつが拭いてくれる。 とにかく便利である。

寒い時はこやつにくっつていれば温まれるし、暑い時は離れて寝れば良し。

しかし、男はどうにも部屋にいることが少ない。 

一日中どこへ散歩に行っているのか、なかなか帰ってこない。 こういう便利な男なので、何と言うか、ちょっと寂しい気分になる事がある。 いや、ちょっとではないかもしれない。 随分と恋しい様な気がする。

一日居ない時などは、戻ってきた時の男の匂いが堪らない。

そんな時はついつい、貪りつきたくなって顔中を舐め回してしまうのだが、男はそれでも嫌な顔はしていないので、まぁ概ね気分を害しているわけではないのだろう。

そんな風に、小生は考えている事と、体の動きが上手くまとまらないので、ついつい暴走してしまうのだが、男はそんな小生を見てゲラゲラ笑っている。 小生は感情が上手く伝えられない。 

小生がどれくらい男を愛しているのか、どれほど会える時を待っているのか、上手く伝えられない。

一日が過ぎてゆく。 小生は、難しい事は喋れないし、伝えられない。 だから男に伝えたい事が日々溜まっていくのだ。 

大好きだ。 外に出たい。 腹が痛い。 目が痒い。 雷が怖い。

男が居なくてはもう生きてはいけないだろう。 

だから一生懸命伝えたい。 

「他のどんな可愛い犬より、アンタのことが大好きなんだ」

でもな、なんだろう、こうしている間にも時間は過ぎていくんだな。 小生は男より野生に近いからかな? 男とずっと一緒には居れないんだろうなと。 そんな風に思うんだ。

アンタが思っているより、小生は多分長生き出来ないかもしれないし、出来るかもしれない。

分からないけれど、なんだろう、小生にとってはアンタとの時間はどんどん早く過ぎていくんだ。 何故だろう、そんな事を考えると悲しくて、目から涙が止まらなくなる時があるんだ。

アンタは目ヤニだと言って取ってくれるけど、悲しくて、アンタより長生きしてあげられないのが悲しくて。

ずっとは一緒に居られないんだな。 だから、アンタの思う時間ではなくて、小生の時間も少しは考えてくれよな。

アンタは長生きするよ、そんな気がする。 だけど、小生はその10倍近いスピードで歳をとってしまう。 

だからさ、無理はしなくていいんだけど、なるべく一緒にいて、傍に居させてくれよ。 

小生の夢は、アンタの記憶に一生残る事だ、そんな犬でありたいと小生は思うのだよ。

電子レンジをいじりながら男は言う。

「どした?キューキュー言って。 ほら、こっちにおいで。」

「ワン!」(大好きだぞ!)

ゆったりと男がいつも流しているカノンが優しく流れてゆく。

西日は薄れ、傾いた日は影を潜め、ゆっくりと薄い夜が訪れる。

男の膝に犬がうずくまり、その時を噛みしめる。 

いつかその別れが、惜しみなく一人と一匹の記憶に焼き付きますように。




まぁ飼い主のエゴかと言いますとそういう風になってしまいますが、本日は一風変わった風合いで書いてみました。 時折犬の気持ちが分からなくなるものの、結構意外と色んな事を考えるまではせずとも、思っているという事だけは長年犬を飼っておりますと分かってくるものです。 

実はこういった小説のストーリーも頭の図書館には保管してあるのですが、なかなか仕事以外に着手することは難しく。

店主は記憶に物凄く拘りと言いますか、執着がある男の様です。 記憶、単なる断片的エネルギーなのか、物質的ではない映画のフィルムなのか、記憶に纏わるエトセトラってところですかね。



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