2023年4月26日水曜日

キエル魔球 ~中日スポーツ 加藤~ 

窓から入ってくる心地よい風が頬を撫でてくるので、ついついのほほんとした気分になってしまうが、現実として自分の置かれている立場は、デスクの前に立たされたまま、現在進行形でキャップから執拗な叱責を浴びている現実に引き戻されて何故か実家を思い出してしまう。

 実家の両親は元気だろうか? 両親の共通の趣味である畑で何かしらの野菜を収穫している姿を思い浮かべて、元気かどうかわからないまま、元気な姿を期待を込めて加藤は想像する。

 「加藤! お前人の話聞いてんのか?俺が話してるんだから俺の方を見ろ!」

 「は!すいません。」

 加藤が中日スポーツ新聞社に入社して4年目、入社時は競馬担当に配属され、持ち前の物怖じしない性格を武器に、ベテラン騎手から引き出した裏話をネタに昇華して次々と話題の女性美人騎手の公私をすっぱ抜きで書き連ねて紙面を盛り上げた。

 その為にベテラン騎手に御馳走したキャバクラの領収書の金額は小型の車が買える位である。

 それもこれも、全ては結果を出して、加藤自身の希望担当部門であるプロ野球担当記者になる為であった。

 キャバクラ接待の成果かどうか、加藤自身は釈然としないが、それはともかく今春から念願のプロ野球担当記者となり、担当球団はお膝元となる中日キングスであった。

 「いやいや、すいませんじゃなくてさ。 説明して頂戴よ。 先週の記事! 何なんだよあれ。

なんで今更2面で20年前に引退した選手の功績にフォーカスする必要があるの!」

 「え! 田町選手の3塁打本数記録ってヤバくないですか? 121本ですよ、福本選手でも115本だったんです、3塁打ってある意味本塁打より難しいと俺思ってるっすから。」

 「知らねぇよ、何本でも良いよ!マニアック過ぎるんだよ、なんなんだよお前。 3塁打マニアか!三塁打が好きな奴そんなにいねぇだろ!」

 「マニアって訳じゃないですけど、そういう隠れた歴史的な部分に光を当てたいなと思いまして。」

 「いやいや、自己満足だよ。お前今ウチが立ってる窮地がわからない訳じゃないだろ? 俺達そんな悠長な立場じゃない訳よ。 部数稼げない記事なんて、記録だろうが美学だろうが、食えなきゃ意味ないのよ。」

 「はぁ、、それはまぁわかるんすけど。 やっぱ現役も凄いすけど、過去の偉人というか凄い人の功績が、、」

 「うるさいなもう、ハッキリ言って野球にお前を引っ張ったのはスキャンダル持ってきて欲しいからなのよ。 ウマの時みたいにやって頂戴よ。 ほら、例えば広島アローズの田島選手の不倫の真実とかさ。」

 「え!それ野球関係なくないっすか?」

 「ごちゃごちゃうるさいよお前!加藤!さっきからなんだ、何なんだごちゃごちゃこの野郎!」

 そこへ野球担当7年目の関が間に入る。

 「キャップ、すみません、その辺で良いじゃないですか。 加藤も頑固で言い出したら聞かないから。 このご時世、部下でも怒鳴るといい事ないですよ。」

 「ああ、、まぁ。とにかく目を引く記事をだな、現役から引っ張って来いよ、加藤。 関ちゃんからも後でよく言っといてよ。」

 「はぁ、分かりました」

 関が加藤に天井方向へ目配せをして言う。

 「加藤、ちょっと一服しに行こうか。」

 加藤と関が、中日スポーツ社の入るビルの屋上の隅に設置された喫煙所で並んでタバコを嗜む。

 「この喫煙所も最近使う奴少なくなったよなぁ、今時タバコなんて吸ってるのは時代遅れっやつかな」

 「タバコ美味いっすけどね。 俺は死ぬまでやめないっす」

 「加藤お前変わったな、ウマ担当の時はそんなじゃなかった。 結果を出す為ならなんでもやってたじゃない。」

 「あれは、やっぱ希望の担当入りするには結果を出さないとって思いまして、がむしゃらってやつです。 あんなに上手くいくとは思わなかったですけど。 政治家がやってる手法を真似たらたまたま上手く行った感じで。」

 「なるほどね、で、今は念願の野球担当になったから、今度は本当に自分が書きたかった事を書くと。」

 「そうすね、やっぱり今のプロ野球を知るには過去から紐解いていかないといけないと思うんですよ。」

 「まぁそれも正論だと思うよ、ただな、やっぱり俺たちの仕事は好きな事を書くだけじゃダメだ。 どんなに良い記事でも、読まれなきゃただの自己完結に過ぎない、新聞の場合、読まれるって事は売れたって事だ。 そこはどうしてもやりたい事の先には立たない事もある。 だから、キャップの言いたい事も清濁合わせ飲まないと記者としてはやっていけない時もあると思うぞ。」

 「はぁ、売れたらなんでも良いんすか?」

 「お前同年代と比べて年収それなりに良い方だろう? その金、新聞が売れてこその年収だ。 良いも悪いもない、貰ってるならそれに報いるべきだろ。 それとも年収下がっても良いのか? 」

 「いや、それはまた違う話しで。」

 「違わない、そりゃやりたい事やれて良い給料なら言う事なしだが、世の中そんなに甘くない。  と、まぁ、ここまで言っといてなんだが、俺はお前の記事は嫌いじゃない。 1面なら話にならんが2面、いや3面の端なら連載しても良いと思ってる節もある。 お前、今日の記事を見る限り過去の伝説的選手をもっと掘り下げたいんだろ?」

 「そうですね、例えば國山選手ですかね、知れば知るほど謎ですよねあの人。」

 「あー、亡くなった天才バッター國山さん。 あの人は宇宙から来たって噂もあるからね。 ま、キャップは俺がなんとか説得しておくから、続き書いてみな。 伝説の選手コーナー。 その代わり俺を楽しませてくれ」

 「マジすか関さん。関さんにそう言ってもらえたら安心感半端ないです。」

 「そうか、はは。 國山選手の事なら、多分元実況アナの駒田さんという人が当時のテレビ中継で打席をよく見てアナウンスしてたと思うよ。 その人のメールアドレスを送っておくから連絡してみな。 一応関の紹介ですって言っとけ。 多分取材は受けてくれると思うよ。」

 「本当ですか、良いんですか?そこまで肩入れしてもらって。 早速アポ取ってみます、國山選手の伝説のシーズン打率4割の真実に迫ってみせます。」

 加藤は半分程度吸ったタバコを灰皿のヘリで切り落として水の中へ落とす。

 この件に関して加藤には考えがあった。今の現役選手達にフォーカスする事は、勿論販売部数を稼ぐ上では不可欠だと思う。 だが、過去に拘る訳ではないが、過去の偉大な功績を残した先人達の野球への思いや、数多の戦いが風化していく事を、加藤は周囲にいる記者より強く残念に感じている。

 実際に風化してきているのかどうか、それは個人の興味の程度による所も大いに関係があるが、このプロ野球界全体で考えた場合、世代が変わっていく以上は興味のある世代とそうでない世代交代による実質的な風化は避けられない。

 ならば、かつて日本の国民的な人気スポーツで、自らも少年時代から熱狂した昔々のプロ野球の過去に光を当て続ける記者でありたいという情熱こそが、スポーツ記事を書き続ける原動力なのだと加藤は思う。

 その上で過去の偉人である國山選手はあまりにも有名だが、すでに故人であるが故に、本人からの談は聞き取りできない。 

 その上、その國山氏のプライベートは普段から謎に包まれており、生前の彼の行動パターンや練習風景を知る人は殆ど居なかったらしい。

 ついたあだ名が宇宙人。 本当に宇宙人ではないかという噂が出る程に変人でもあった。

 そういう事なら現在も存命である、國山選手の近しい周囲の人間関係から、あれだけの功績を残せた裏を取っていくべきだろう。

 先ずは関先輩に紹介してもらう駒田元アナに直撃してみよう。

 "宇宙人"とまで呼ばれた天才バッターは当時どんな野球人生を送ったのか? これまで何度も特集は組まれてきた人物だが、まだまだ分かっていない事も多い筈。

 関がタバコを吸い終わり、吸い殻を灰皿へ落とす。

 「さぁ何かを企んでいる加藤君、午後も頑張っていこうか。」




今月もギリギリになってしまったがなんとかキエル魔球シリーズ第2話まで。 果たしてほとんど休みの無い状況でここまでして書く必要があるのかどうか疑問に思うのだが、やりだしたことは最後まできっちりやり遂げたい。 

非常に店主にとってはハードルの高いストーリーで想像だけで全て書くことはもはや不可能で、割としっかりした下調べが必要性を帯びてきて、途方もない時間を要するようになってくる。 本来であれば取材が不可欠なシーンもかなり出てくるが、そこは想像力でファンタジー側に寄せていくしかない。

ますますとんでもない事を書き始めてしまったと思う後悔と、キエル魔球を投げた種田と國山の秘密に迫る自分の楽しみとの両方が織り交ざっている心境である。

本業がおろそかに出来る訳もなく、非常に沢山のご依頼を頂いているので、そこもこなしつつ、バイク屋のオヤジが書く小説、一味違うなと言わせてみたい。

そう、ここはあくまでもバイク屋のブログの一節なのであるからして、小説の中に多少バイクの露出も検討している。

こういった活動の中に、店主にしかできないバイクへの愛情表現の形を探求しており、普通ではない物、You Tubeでは店主のマイノリティ魂は発揮できないので、こういった奇妙な独自のスタイルはこれまでもこれからも変わらないと思う。

心臓が息の根を止めるまで、アウトプットし続けろ。 誰にも似てない、独特の道をゆくのだ。




キエル魔球 ~種田ホープ軒~ その3 種田と國山

「東京外国為替市場の円相場は高値で横ばいになっています。 1ドル110円45銭~47銭の高い円高水準となっており、日本 製品の競争力低下が懸念されいます。」 店内の天井隅に設置されたテレビから為替のニュースが事もなげに ツラツラと流れている。 幸田は素早くざっとの計算で自身の外貨...