2023年7月27日木曜日

キエル魔球 ~元実況アナ 駒田 その2~

 1983年度のドラフト指名で圧倒的に票を集めたスーパールーキー新山和樹選手は千葉を本拠地とする千葉ロッテシャークスに入団、初年度のオープン戦中から奪三振を量産して先発投手として1984年からエースとして活躍した。 驚異的なスピードを誇るシュードボールと決め球のストレートを使い分け、ファウル以外は打つ事が困難といわしめた。 

しかしながら、マウンド上での活躍の慢心からか、プライベートでの素行の悪さが目立つ様になり、チームメイトや取材陣への言動にも大柄さが出る様になる。

 

だがそれも、平均防御率1.45という驚異的な成績で周囲を黙らせた。

 

プロ3年目となる1986年のペナントレース前半戦を終えてオールスターゲームへ出場が決まった新山投手は記者がこう質問したことがある。

 

「新山選手!オールスター戦決定おめでとうございます。 セリーグ側には当然國山選手も出場決定していますが、対戦への意気込みなどあれば、伺いたいのですが!」

 

4割バッター國山さんですよね、まぁ良い選手ですよね。 しかし、打ち取れない様な打者ではないと思うんですよ。 申し訳ないですが、こう言っちゃなんですが、よくあのバッティングフォームでよく打てていますよね、身体の軸なんてフラフラしてるし。 普段から対戦してる訳ではないですが、当然打たせないですよ、宣言しちゃいます。」

 

「当然投げ勝つと?」

 

「当然です、確かに当てるのは得意みたいですが、ファールしか出ないでしょうね。」

 

「楽しみにしています!」

 

問題の1986年オールスター戦の新山vs國山は1戦目に早々に実現した。

 

先発新山対、4番國山の第一打席はファウルボールが2本、カウント2ストライク1ボールになっていた。

 

芯で捉える事はまず不可能と呼ばれる新山のシュートボールのキレはこの日も驚異的だった。

 

新山が投球フォームに入り、グローブを胸の前で包み込んで、祈る様に目を閉じる。

 

左足を軽く上げ、振りかぶってバッターボックスを目掛けて投げ放つ。

 

球速150キロ後半をマークしながら真っ直ぐ伸びていく弾道は、ストレートにしか見えないが、バッター直前で僅かに斜め下へ下がりながら、ホームベース側から見て左へ急激に曲がる。 

 

右バッターの國山にとっては、デッドボールではないかと思わせる程に弾道に体が近く、身をフラフラと引きながら、グリップに近い位置へ当ててファウルへと持ち込む。

 

恐らく前に飛ばそうと思ってしまうと、内野ゴロが積の山になってしまう所である。

 

既に第一打席でこの応酬が8球連続続いていた。

 

新山はここで感心した。

 

「確かに凄いな、目が良いのか、当てる勘が鋭いのか、球筋を読んで絶対にバットを当ててくる。 まだ一回も空振りしていない、それにしてもあの涼しい顔はなんなんだ、デイリーヤマザキに買い物に来ましたくらいの感じだ。 イラつく男だ。」

 

カウントはツーストライク、新山はそろそろ打ち取りたい衝動に駆られ、勝負に出ることにした。 

 

普段はシュートの山で追い込んで、いつ出るかわからない高速ストレートがフォークで打ち取るというのが決め球になる。

 

新山はストレートで國山を打ち取る事にする。

 

新山の10球目、渾身の高速ストレートは161キロを記録、一見してシュートと見分けがつかない。 打者はここまで全てシュートを投げられここでストレートと判別するのは非常に困難である。 

 

が、この打球で國山のバットは球を真芯で捉える。

 

バットが心地よくしなって、球が瞬間的に柔らかく感じる。 

 

球場全体が一瞬息を止めた事が分かるくらいに静まった後、大歓声が湧き上がる。 

 

打球は高々と上がり、レフトスタンドの奥深くに突き刺さった。

 

國山は少し微笑んで、独り言をぶつぶつと言いながら、悠然と一塁ベースを蹴ってダイヤモンドを一周する。

 

「なんでだ、投げた瞬間に完全にストレートを読まれていた。そんなバカな。」

 

新山は投げた瞬間にここで打つという体制を取った國山に戸惑いを隠せない。 

 

そして新山の悪夢はこれで終わる事は無かった。

 

続く第二打席、第三打席、國山に初球を本塁打された。

 

9回まで新山は國山以外の打者を完璧に凡退に打ち取っていたが、國山だけを退けられない。

 

「なんなんだこいつ!なんでだ、なんで、どうなってるんだ!」

 

新山は完全に精神的に敗北していた、今まで味わった事のない恥辱に晒され、めった打ちにされ、プライドをズタズタにした、國山に憎悪に近い感情を抱く。

 

と、更にそこで國山が第四打席でとある行動に出た。

 

球場からクスクスと笑いが止まらなくなった。 誰もが、コメディ映画を見て失笑している様な笑い声。

 

國山は右手一本でバットを構え、打席に入った。

 

この勝負はもうついていた、天才4割バッター國山は誰も打ち取る事が出来ない。 

 

完全にキレてしまった新山は新山で、ここでデッドボール覚悟の球を投げる。

 

新山の手を離れたボールは明らかに異常に打席寄りの弾道を走り、真っ直ぐ國山に向かって来る。

 

球が新山の手を離れた瞬間、誰もがここで遂に國山が打てないだろうと思った。 流石の國山も、普段このレベルの悪球を無理に打つ事はなく、甘んじて避けるか、死球で出塁する事もある。 それ故の4割であり、4割バッターとはそういったレベルなのである。

 

しかし、國山は今回両膝をコンパクトに畳んだ後、カエルの様に後方へ飛びながら、同時に右手に持ったバットを無茶苦茶な振り方で振り回して、殆ど大道芸の様な体制でパコンと球に当てて見せた。

 

自身は後ろへ飛んだ勢いで、後方でんぐり返しの様な状況で転がっている。

 

当たった球はフラフラと舞い上がり、観客はため息を吐く。 ああ、これはフライだな、そう思わせる当たり。

しかし、そのため息が大体終わる頃、ライト側のフェンスのギリギリに球がスポッと入ったのであった。

 

ホームラン。

 

國山は4打席全てホームランにしてしまった。

 

その夜、國山はヒーローインタビューでこう語った。

 

「実地調査が終わるまでは皆さんは平和な生活が送れる事にゃ、皆さんそれ迄の命…じゃないや、せいぜい野球を楽しんでくれにゃ。

しかし、新山ちゃんの球は悪くないんだけど、この星の、じゃないや、この球界の最高の球じゃないかな! この國山が打てないもっと難しい球を投げる投手が現れると良いにゃ。」

 

球場からは更に笑いが湧き上がる、狂人國山、そして天才バッター國山はこの事件をきっかけにこう称される。

 

"宇宙人バッター國山"

 

後に新山選手は、この國山選手との対決を、新聞記者にこう語ったという。

 

「全身の毛穴から汗が吹き出して、生まれてこの方かいたことのない恥を晒すことになるのではないかと思い、もう終盤は指に力が入らなくなってしまいました。

なんと言いますか、本当に逃げ場がなくなった時に子供みたいに無性に泣きたくなるあの感じですかね。 あの人、國山さん、もしかしたら、本当は4割以上打てるけど打ってないだけなのかも知れない。 なんとなく、そんな気がしますね。」

 

因みにではあるが、新山投手はこの後のペナントレースで急激に体調を崩して故障を乱発して、一軍を退き、引退してしまっている。

 

後に新山運送という運送会社を立ち上げ、現在は当運送会社の代表取締役として就任している。

 

「いかがですかな?加藤さん。 これが現実のプロスポーツ界で起きた事とは思えないゲームの詳細なのですが。」

 

「あり得ないですね、右手一本で当時のスーパーエースを滅多撃ちですか。」

 

「そうです、國山さんとはそのくらいやってのける人でした。 気になったのはそのヒーローインタビューで、皆さんの命がなんとかとか言っていましたし。 当時は熱狂して皆一様に何かの冗談かと思ったみたいですがね。」

 

「だけど、それに纏わって國山さんが何か事件でもしでかしたという事実は出てきませんよね?」

 

「そうです、國山さんは引退もせず、ある日突然失踪して、そして死んだ。 多摩川の河川敷で死体で発見されたんです。死因は今も不明です。」

 

「うーん、新山さんは現在も地元で運送会社を経営されておられるのですよね?」

 

「噂で聞いた限りでは、その勝負の後、スッカリ野球への情熱を失ってしまってね。 今では会社の運営の方がすっかり板について、良い社長さんになられたとか。」

 

「俺、新山さんに会ってきます。」

 

「あぁ、それはどうかなぁ、新山さん次第ですな。 でも何事も当たって砕けろですね、お若い方のチャレンジは多分歓迎されるのではないかと思いますよ。」

 


キエル魔球も4回目に入って、相当難しい感じになってきてしまった。 國山と種田を引き合わせるまでの線と点がなかなかの難しさである。 國山の危険度を少しずつ臭わせるあたりも、匙加減がとても難しい。 種田の活躍が先延ばしにせざるを得ない点もかなりもどかしい。
小説を書くのは途轍もなく難しい、バイク修理と同じくらい難しい。

2023年7月17日月曜日

エルニーニョ温暖化コモエスタ

 2020年4月以来毎月更新を維持してきたこの芦田屋町工場の夕日ブログではあるが、ついに先月更新が途絶えてしまった。

少々残念ではあったが、食事の時間を削って晩飯のみにして、トイレを極力減らして、睡眠時間をギリギリまで削って更新できなかったのだから、それはもう限界だったのだろうかと。

しかし、ここまできっちりやってきた所で、もう毎月でなくともよいのではないかという考えが頭をもたげ始める。

今しばらく葛藤が続きそうだが、こういう時はきっちり法則性パターンより、気分で決める方が吉というのが相場だ。

そもそも再三書いているが、バイク屋のブログなのにバイクが出てこない。

それ自体が一般的にイレギュラーなのであるから、もはやこのブログに法則性など必要なかろうかとも思ったりする。

それにしても今年は(も)暑い。

完全にエルニーニョ、コモエスタエスパニョールである。

温室効果ガスのせいで温暖化。 地球の温暖期。 結局の所、どれが真実なのだろうか。

店主はこれについての答えは全く分からないし、もう随分前から知ろうとも思わなくなった。

真実に曇りが掛かって、掛かり過ぎてしまった事案。

昨今取りただされている乗り物全般のEV化の話もそこに起因するのだろうが、それ自体が巨大な国を挙げた製造業のシノギを巡る熾烈な市場戦略の一環であり、実は温暖化と無関係という事を言う人もいる。 確かにそれに纏わるエトセトラではないが自動車メーカーを絡めて先進諸国の排ガス規制や内燃機規制に関するパワーバランスは戦々恐々としている。

やはりそれが真実? 

いやしかし、権威ある学者の説が本当だとして、もし本当に温室効果ガスが原因というのが真実だったらやはりどうにかして排出を抑えないと、最後の最後に人間社会が破綻する間際で、あ~あれは本当だったのか~という間抜けな結果を招くのだろうかと不安になったりもする。

それも真実?

まぁ結局のところ、こういった状況では何事も朝令暮改でありまして、とりあえず偉い人が決めたルールに従って、最低限のルールを守って引き続きせっせと納税するのが関の山だなと思います。

何か諦めの境地になっちまったという事ではなく、ある一定の力を持っていない限りは、バイク屋店主程度が、気をもんで心労を無駄に蓄積するだけ無駄なのだと思うのである。

節電してくれ!というお願いと、エアコン付けて熱中症に気を付けて!と言うお願いをダブルオーダー。 節電とEV、なにやら世の中が混乱しているさまが如実に表れています。

真実という所で思い出しましたが、昔会社員だったころ、定例会議という物によく出席していました。

会議というのは大筋として問題点の炙り出しと迅速なソリューションの打ち出しが目玉であります。 加えて管理の主要ポジションである人物たちが問題点を共有して、そこから下へ情報を下ろしていく。

その為の会議という事は一般的な会議ではないかと思います。

しかし以前あった会議ではその真実がそもそも歪んでいた事がありました。

上がってくる報告数字を改竄してくる人間がいたことがありまして、店主は妙な勘が働くせいか、その数字に違和感を感じて裏取りをしたことがあります。

残念ながらその数字は他者証言や、実際の現場の計測数値とかけ離れた数値だったことが店主個人の内で判明しまして、とても途方に暮れた記憶があります。

嘘をついたな!という怒りの心情ではなく、あれだけ雁首を並べて時間を作って、交通費を使って、電気代を使って、ああでもないこうでもないと議論しておきながら、そのソースは真っ赤な出鱈目であるという事は、要するに最初から問題は表に出ていないし、空想の問題を議論していた時間となり得るのである。

例えるならば、もし宝くじ一等が当たったら生活にどんな問題が出るかな?というような現実には起こっていないことを、皆一様に真剣な顔をして、それがあたかも現実に当たりましたというような情熱で議論していたのである。

店主は若者ではないし、最近流行りの会議なんて無駄派ではない。

会議は大事である、だが空想の中でやるのはまっぴら御免被りたい。

まぁその張本人と諸々の重役面前を前に、「会議ってのは嘘の報告をした時点で何の意味も持たないただの数字遊びでしかないですからねぇ、スゴロクの方が楽しいですよ、時間が勿体ないですよ」

と言ってしまい、本人に随分と嫌われたことがあります、この辺りが店主も若造ですよね。 その会議を経て直ぐに退職の準備に取り掛かりましたが。 情熱が消えると180度方向転換する悪い癖。

まぁそんなこんなで、真実という物がどこにあって、誰が本当の事を言っているのか、これは昨今のペテンが横行する時代ではとても見出すのは困難な事です。

店主の本音としましては、真実を語るところで、ここはみんなの為に、嘘はイカン!というお互い気持ちの良い世の中になってくれることを心の片隅で願ってやまないのであります。

芦田屋の営業方針として、全部本当の事を、出来るだけお客さんが辛くならない様に、出来れば少しほっこりしてもらえるように伝える。 

工学理論の根拠と人間的な優しい心の二つをもって営業しております。

何の話かよく分かりませんが、とりあえず温暖化で明日も暑いですが、上記の様な大きな大きな流れである以上、小市民としては多少無駄な明かりとエアコン温度設定控えめで、バイクに生きる全ての情熱を捧げていくのみであります。






2023年5月28日日曜日

キエル魔球 ~元実況アナ 駒田 その1~

鬱蒼と茂った竹林の麓に見える家が一軒見えてきた。 竹林は地震に弱いと聞いた事があるが、駒田氏の家屋の裏は正しく竹林の急な傾斜になっている。 土砂災害は大丈夫なのだろうかと加藤は他人事ながら心配になってしまう。

駒田氏の自宅に限らず、都心を離れて地方の取材に行った際などは、いつも山の麓にある家々をぼんやり見やりながら、土砂崩れの被害は起きないだろうかと、勝手に心配したりしてしまう。

きっと家主からすると余計なお世話だと言われてしまう様なお節介な心配だが、実家の立地を考えると、他人事ではない様な気持ちになってしまう。

駒田氏の電話での対応は当初、至って歓迎ムードであったが、國山選手の名前が出た途端に少し雲行きが怪しくなった。

「あぁ、國山選手ですか、私で何かお役に立てるかどうか。 他の選手ならともかく、國山さんは特に知っている事が少なくて。」

「その旨重々承知しておりますので、是非些細な事でも構いませんので教えて下さい、どうか宜しくお願い致します!」

「ええまあ、関君のご推薦とあらば、出来る限りではありますが、お役に立てる範囲でお答えさせて頂きます。」

そんなやりとりの後、失礼かと思いながらも、加藤は駒田の自宅までその日の内に突撃取材を強行する段取りを採った。

とても古い家屋なのか、昔ながらの職人大工が田舎の一軒家らしく設計した木造建築の広く立派な一軒家だ。 玄関は引き戸になっており、ガラスが懐かしい粗目の細工が施されており、建て直す前の実家で過ごした少年時代を思い起こさせる。

雨戸は木製でこれもかなりの年代物だ。

「ごめん下さい、いらっしゃいますか? 中日スポーツの加藤と申します!」

奥の襖がサラリと動き、中から見た所70代前半と思わしき老人がソロソロと出てきた。

細身で華奢ではあるが、背中は伸びて凛々しい。

着ている物も部屋着ではあるが、清潔感があり、一流の実況アナウンサーの引退後のご隠居姿としてはとても感服できる物があった。

「あぁこれはこれは、加藤さん。 遠い所までご苦労様でした。 改めまして、駒田と申します。 お疲れが出たんじゃありませんか? なにせ東京から埼玉の山奥までだと道も混んでしまうし、運転大変だったでしょうに。」

「いえ!全く問題なしっす。 東京からだと秩父迄せいぜい2時間程度でしたから。」

「そうですか、加藤さん見た所、失礼かもしれませんがまだまだお若いですよね? いや、お若い方は羨ましい。 体力があるというのは、本当にありがたい事ですよ。」

「はい、自分は今年で28歳になります。 そうですよね、自分も10代の頃より体力が落ちてきたような気がしてまして。」

「あぁ、それはね、そうかも知れませんねえ。」

駒田が言う所の体力差という物と、加藤が感じる体力如何の話に齟齬を感じながらも、やはり齢70も越えた駒田はサラリとその意味合いのズレも受け流し、初対面で感覚的な物事の差をパズルを組み立てる様に、奇麗に埋めて行ってしまう。 歳の差44年の経験値の差は如実である。

「まま、どうぞ奥へお上がりください。 お茶とコーヒー、よく冷えてますよ。 どっちも出しますからお好きな方で。 ついでに昨日買っておいた回転焼きがありましてね、一緒に召し上がってください。」

「あ、どうぞお構いなく!しかし、回転焼き?回転焼きって何ですか?」

「ああ、回転焼きってね、関東では今川焼でしたね。私の両親は関西出身で、関西では今川焼の事を回転焼きと言いましてね、私は物心付いたころから両親から回転焼きと刷り込まれたもので、今でも回転焼きと言って食べないと、気持ちが盛り上がらんのですよ。」

「そうなんですね、自分は出身が千葉なので、全く聞いた事がありませんでした。」

「さぁ、それより國山さんの話ですよね、しかし加藤さんも物好きですね。 もうずっと昔の選手ですよ。 とうに亡くなられていますし、そもそも彼の事を安易に語って良いのかどうか。」

「どういう事ですか? 語って良いかどうかというのは。」

「ああ、それはね。私自身はね、彼は死んでないんじゃないかと思ってる節がありましてね。 何と言ったらいいか、言葉にするのは難しいですがね。 彼は死なない人ではないかと。 人っていうか、何というか。あの人に初めて会った頃からそう思ってましてね。」

「一体どいうことですか? 死んでないって。確かに國山さんは故人であると、法的にも社会的にも認知されてますが、、」

「それはそう、確かに。 だけどね、会ってよく話した人にしか分からないんですよ、あの人はね。 そう、初めて会った時の事ですがね、球場の関係者専用駐車場で偶然ばったり会った事があったんですよ。 丁度その年、彼は三冠王を総なめして天才バッターの名をほしいままにし始めた頃でした。 私は嬉しくてね、話しかけてしまったんですよ。 いきなり。」

國山選手が突如彗星の如くプロ野球界に現われ、2年目にして三冠王を達成したシーズンの終わり頃。

偶然、選手控え室を後にした國山選手が、時を同じくして、帰りの車に向かう駒田が偶然会った時の事。 國山の後姿を見かけた駒田は嬉しさのあまり、野球関係者でありながら、一般人の様な反応をしてしまい、思わず國山を呼び止めてしまった。

「國山さん、お疲れ様でした! 今年は素晴らしいご活躍で、もう感動しっぱなしです。 すみませんお帰りの所話しかけてしまって。 申し遅れました、私テレビ放送の実況中継を担当している駒田と申します。」

「にゃ?」

「え?」

「お前誰にゃ?」

「??ああ、失礼しました、私アナウンサーの駒田と言います」

「駒にゃ?それで何の用だこのガリ勉アナウンサー。」

「え!いや、すみません、ごめんなさい」

「ん?ちょっと待てにゃ、少し翻訳デバイスが、、いや、俺の頭がおかしい様だ。」

そう言って國山はコメカミを自分自身で恐ろしい程にパンチする。

「頭がおかしいって…國山さんあなた一体」

「いや、これで良い。 失敬、大変失礼な事を言ってしまいましたな。 初めまして、駒田君。 國山です。 お褒め言葉、ありがたく頂戴しておきますよ。」

「はぁ。いえ、お気になさらず。 それにしても、驚異的な記録づくしですね、今シーズン。

私もそれなりに凄い選手の方々の記録を直に見てきましたが、とても人間技とは思えません。 特にシーズン終盤で本塁打59本は王選手を越えて日本記録ですよ、とんでもない事です。」

「ああ、それはそうみたいですね。 まぁ本当はもっと打てるんですが、あんまりやり過ぎると怒られるというか。 一応研修の一環でもありますから、その、バーブルース?さんですか。 その方を越えないようにと、上司からお達がありましてね。」

「!?ちょっと待ってください、色々とよく分からないです。 バーブルースって、あのベーブルースの事ですか? 何を仰ってるんですか? どういう事ですか? もっと打てるって。 本気じゃないと? 」

「あ、いや、本気ですとも。勿論、あんな白い玉っころ位、棒キレを振れば、まぁパコンと飛びますよね。」

「國山さん、あなた一体さっきから、私をバカにしておりれるのですか!私だって野球の事は、素人より多少は分かりますよ。」

「あ、人間が怒った、まいったにゃ、人間はすぐ怒るにゃ」

「もういいです、失礼します」

駒田と國山の出会いは良いものでなかった。

「加藤さん、まぁ信じがたい様なやり取りですが、ざっと初めての会話はそんな様だったと記憶しています。」

「冗談を言っておられたのではなくて?」

「今思えば、あれは特にふざけてる訳ではなかった気がします。 何というか、意思疎通が通じないというか、変な感じでしたね」

「國山は宇宙人ではないか。 それですか?」

「まぁ、所以はそこにあります。 ただ、彼の肉体も精神も、客観的に見て普通の人間でしたから、明らかな見た目の違和感は無いですが。 ですが、もっとも凄かったのはやはり、試合、彼のプレーですね。 物凄いプレーだった、本当に。 その中でも、特に今でも忘れられないゲームがありました。 折角なので、そのゲーム内容をご説明しておきましょう。」

「是非!宜しくお願いします。」

加藤はもはや駒田の二の句が継がれるのを、溢れんばかりの期待と逡巡を抱えつつ、固唾を飲んで待つ、且つて実在した、人間ではないと評される驚異と伝説に触れる為に。




アナウンサーと野球選手がそもそも接見する機会などあるのかどうか、そもそもそこからして知識がないので、色々と調べてみたら女子アナとプロ野球選手が出会う為の会が存在することを知ってしまい、下世話な知識がまた一つ増えてしまったので早々に消去したい。

最近というか、この3年程ほど良く意識している事がある。

お世話になった人に出来るだけ恩返ししながら生きていこうと思って、無理のない所で返せるだけ返すように努めている。

どうだえらいだろうという事ではなくて、受けた恩は借りた金と一緒でお返ししてプラマイゼロだと思うので、借りている物はやはり返すのが当然だと思うようになった。

恩返しして、その人がちょっとホッコリすると店主も嬉しい。 

反面、芦田屋に大損害を与えてしまう人も現れる様になり、まぁそれに驚いて腹を立てる程、店主小物ではありません。一応ですが、そういうのも原子の動きとして、経験上知っているんです。

それを踏まえて動いているので、なんくるないさ。 波照間島が俺を待っている。

國山選手のキャラを考えすぎて店主自身が変になりそうです。

おあとが宜しい様で。




2023年4月26日水曜日

キエル魔球 ~中日スポーツ 加藤~ 

窓から入ってくる心地よい風が頬を撫でてくるので、ついついのほほんとした気分になってしまうが、現実として自分の置かれている立場は、デスクの前に立たされたまま、現在進行形でキャップから執拗な叱責を浴びている現実に引き戻されて何故か実家を思い出してしまう。

 実家の両親は元気だろうか? 両親の共通の趣味である畑で何かしらの野菜を収穫している姿を思い浮かべて、元気かどうかわからないまま、元気な姿を期待を込めて加藤は想像する。

 「加藤! お前人の話聞いてんのか?俺が話してるんだから俺の方を見ろ!」

 「は!すいません。」

 加藤が中日スポーツ新聞社に入社して4年目、入社時は競馬担当に配属され、持ち前の物怖じしない性格を武器に、ベテラン騎手から引き出した裏話をネタに昇華して次々と話題の女性美人騎手の公私をすっぱ抜きで書き連ねて紙面を盛り上げた。

 その為にベテラン騎手に御馳走したキャバクラの領収書の金額は小型の車が買える位である。

 それもこれも、全ては結果を出して、加藤自身の希望担当部門であるプロ野球担当記者になる為であった。

 キャバクラ接待の成果かどうか、加藤自身は釈然としないが、それはともかく今春から念願のプロ野球担当記者となり、担当球団はお膝元となる中日キングスであった。

 「いやいや、すいませんじゃなくてさ。 説明して頂戴よ。 先週の記事! 何なんだよあれ。

なんで今更2面で20年前に引退した選手の功績にフォーカスする必要があるの!」

 「え! 田町選手の3塁打本数記録ってヤバくないですか? 121本ですよ、福本選手でも115本だったんです、3塁打ってある意味本塁打より難しいと俺思ってるっすから。」

 「知らねぇよ、何本でも良いよ!マニアック過ぎるんだよ、なんなんだよお前。 3塁打マニアか!三塁打が好きな奴そんなにいねぇだろ!」

 「マニアって訳じゃないですけど、そういう隠れた歴史的な部分に光を当てたいなと思いまして。」

 「いやいや、自己満足だよ。お前今ウチが立ってる窮地がわからない訳じゃないだろ? 俺達そんな悠長な立場じゃない訳よ。 部数稼げない記事なんて、記録だろうが美学だろうが、食えなきゃ意味ないのよ。」

 「はぁ、、それはまぁわかるんすけど。 やっぱ現役も凄いすけど、過去の偉人というか凄い人の功績が、、」

 「うるさいなもう、ハッキリ言って野球にお前を引っ張ったのはスキャンダル持ってきて欲しいからなのよ。 ウマの時みたいにやって頂戴よ。 ほら、例えば広島アローズの田島選手の不倫の真実とかさ。」

 「え!それ野球関係なくないっすか?」

 「ごちゃごちゃうるさいよお前!加藤!さっきからなんだ、何なんだごちゃごちゃこの野郎!」

 そこへ野球担当7年目の関が間に入る。

 「キャップ、すみません、その辺で良いじゃないですか。 加藤も頑固で言い出したら聞かないから。 このご時世、部下でも怒鳴るといい事ないですよ。」

 「ああ、、まぁ。とにかく目を引く記事をだな、現役から引っ張って来いよ、加藤。 関ちゃんからも後でよく言っといてよ。」

 「はぁ、分かりました」

 関が加藤に天井方向へ目配せをして言う。

 「加藤、ちょっと一服しに行こうか。」

 加藤と関が、中日スポーツ社の入るビルの屋上の隅に設置された喫煙所で並んでタバコを嗜む。

 「この喫煙所も最近使う奴少なくなったよなぁ、今時タバコなんて吸ってるのは時代遅れっやつかな」

 「タバコ美味いっすけどね。 俺は死ぬまでやめないっす」

 「加藤お前変わったな、ウマ担当の時はそんなじゃなかった。 結果を出す為ならなんでもやってたじゃない。」

 「あれは、やっぱ希望の担当入りするには結果を出さないとって思いまして、がむしゃらってやつです。 あんなに上手くいくとは思わなかったですけど。 政治家がやってる手法を真似たらたまたま上手く行った感じで。」

 「なるほどね、で、今は念願の野球担当になったから、今度は本当に自分が書きたかった事を書くと。」

 「そうすね、やっぱり今のプロ野球を知るには過去から紐解いていかないといけないと思うんですよ。」

 「まぁそれも正論だと思うよ、ただな、やっぱり俺たちの仕事は好きな事を書くだけじゃダメだ。 どんなに良い記事でも、読まれなきゃただの自己完結に過ぎない、新聞の場合、読まれるって事は売れたって事だ。 そこはどうしてもやりたい事の先には立たない事もある。 だから、キャップの言いたい事も清濁合わせ飲まないと記者としてはやっていけない時もあると思うぞ。」

 「はぁ、売れたらなんでも良いんすか?」

 「お前同年代と比べて年収それなりに良い方だろう? その金、新聞が売れてこその年収だ。 良いも悪いもない、貰ってるならそれに報いるべきだろ。 それとも年収下がっても良いのか? 」

 「いや、それはまた違う話しで。」

 「違わない、そりゃやりたい事やれて良い給料なら言う事なしだが、世の中そんなに甘くない。  と、まぁ、ここまで言っといてなんだが、俺はお前の記事は嫌いじゃない。 1面なら話にならんが2面、いや3面の端なら連載しても良いと思ってる節もある。 お前、今日の記事を見る限り過去の伝説的選手をもっと掘り下げたいんだろ?」

 「そうですね、例えば國山選手ですかね、知れば知るほど謎ですよねあの人。」

 「あー、亡くなった天才バッター國山さん。 あの人は宇宙から来たって噂もあるからね。 ま、キャップは俺がなんとか説得しておくから、続き書いてみな。 伝説の選手コーナー。 その代わり俺を楽しませてくれ」

 「マジすか関さん。関さんにそう言ってもらえたら安心感半端ないです。」

 「そうか、はは。 國山選手の事なら、多分元実況アナの駒田さんという人が当時のテレビ中継で打席をよく見てアナウンスしてたと思うよ。 その人のメールアドレスを送っておくから連絡してみな。 一応関の紹介ですって言っとけ。 多分取材は受けてくれると思うよ。」

 「本当ですか、良いんですか?そこまで肩入れしてもらって。 早速アポ取ってみます、國山選手の伝説のシーズン打率4割の真実に迫ってみせます。」

 加藤は半分程度吸ったタバコを灰皿のヘリで切り落として水の中へ落とす。

 この件に関して加藤には考えがあった。今の現役選手達にフォーカスする事は、勿論販売部数を稼ぐ上では不可欠だと思う。 だが、過去に拘る訳ではないが、過去の偉大な功績を残した先人達の野球への思いや、数多の戦いが風化していく事を、加藤は周囲にいる記者より強く残念に感じている。

 実際に風化してきているのかどうか、それは個人の興味の程度による所も大いに関係があるが、このプロ野球界全体で考えた場合、世代が変わっていく以上は興味のある世代とそうでない世代交代による実質的な風化は避けられない。

 ならば、かつて日本の国民的な人気スポーツで、自らも少年時代から熱狂した昔々のプロ野球の過去に光を当て続ける記者でありたいという情熱こそが、スポーツ記事を書き続ける原動力なのだと加藤は思う。

 その上で過去の偉人である國山選手はあまりにも有名だが、すでに故人であるが故に、本人からの談は聞き取りできない。 

 その上、その國山氏のプライベートは普段から謎に包まれており、生前の彼の行動パターンや練習風景を知る人は殆ど居なかったらしい。

 ついたあだ名が宇宙人。 本当に宇宙人ではないかという噂が出る程に変人でもあった。

 そういう事なら現在も存命である、國山選手の近しい周囲の人間関係から、あれだけの功績を残せた裏を取っていくべきだろう。

 先ずは関先輩に紹介してもらう駒田元アナに直撃してみよう。

 "宇宙人"とまで呼ばれた天才バッターは当時どんな野球人生を送ったのか? これまで何度も特集は組まれてきた人物だが、まだまだ分かっていない事も多い筈。

 関がタバコを吸い終わり、吸い殻を灰皿へ落とす。

 「さぁ何かを企んでいる加藤君、午後も頑張っていこうか。」




今月もギリギリになってしまったがなんとかキエル魔球シリーズ第2話まで。 果たしてほとんど休みの無い状況でここまでして書く必要があるのかどうか疑問に思うのだが、やりだしたことは最後まできっちりやり遂げたい。 

非常に店主にとってはハードルの高いストーリーで想像だけで全て書くことはもはや不可能で、割としっかりした下調べが必要性を帯びてきて、途方もない時間を要するようになってくる。 本来であれば取材が不可欠なシーンもかなり出てくるが、そこは想像力でファンタジー側に寄せていくしかない。

ますますとんでもない事を書き始めてしまったと思う後悔と、キエル魔球を投げた種田と國山の秘密に迫る自分の楽しみとの両方が織り交ざっている心境である。

本業がおろそかに出来る訳もなく、非常に沢山のご依頼を頂いているので、そこもこなしつつ、バイク屋のオヤジが書く小説、一味違うなと言わせてみたい。

そう、ここはあくまでもバイク屋のブログの一節なのであるからして、小説の中に多少バイクの露出も検討している。

こういった活動の中に、店主にしかできないバイクへの愛情表現の形を探求しており、普通ではない物、You Tubeでは店主のマイノリティ魂は発揮できないので、こういった奇妙な独自のスタイルはこれまでもこれからも変わらないと思う。

心臓が息の根を止めるまで、アウトプットし続けろ。 誰にも似てない、独特の道をゆくのだ。




2023年3月16日木曜日

キエル魔球  ~種田ホープ軒~

キエル魔球


プロローグ 

黄色い服装が目立つ観客席から湧き立つ声援。
満員の甲子園球場のアナウンス席で、野球中継アナウンサーの駒田が鬼気迫る実況を繰り広げる。

「何という劇的なゲームなのでしょうか、セリーグ王者を決めるこの試合。 9回裏阪神ブレイブスの攻撃、中日キングスが1対0でリード。ツーアウト、ランナー1塁、カウント2ストライク2ボール。 守るのは中日キングス。 バッターは國山、ピッチャー先発からここまで投げてきた種田。 岸本さん、ここまでやはりほぼ完全無欠の投球を続けた種田選手、やはり次の球もキエル魔球でしょうか?」

「やはりそうでしょう! 國山選手に対して、種田の他の球種ではとても太刀打ち出来ないでしょう。 種田でなくとも、打率4割3部の國山にとってキエルマキュウ以外は通用しないと思いますよ!はっきり言って種田のもう一つ球種ストレートはこれまで残念ながら全く結果を出せていませんからね!」

「そうですか、ここまで消える魔球でノーヒットノーランでしたが、9回裏1番バッター樫本に対して痛恨のデッドボールを出してしまい、迎えるは、打席に立てば半分近い確率で出塁出来る、もはや神の領域と呼ばれる4番國山選手、流石の國山選手もキエル魔球相手にこの回まで快音は聞こえてません。 一方、唯一の武器である消える魔球を使う種田選手、逆転圏に入ってしまうランナーを出し、苦しい展開になってしまいました。 さぁ、キャッチャーからサインが入ります。 種田、首を縦に振った。 決まった様です。 投球モーションに入ります。」

ピッチャー種田は投球モーションに入り、超人的に長い指を赤いボールの縫い目に決まった角度に這わせて手首の力を抜く。

必要以上に大きく身体を捻り、後方へ振りかぶって、サイドスローに近いモーションを行い、血管が破れるのではないかというくらいの全力でボールを全身全霊で投げ放つ。

その瞬間、球場全体が水を打った様に静まり返り、時が止まる。

球は種田の指の腹を転がる様に回転して手を離れ、バックスピンを繰り返しながら上下左右に揺れる、揺れて、ブレて何処へ行くのかわからない様な不規則、不自然、不安定な軌道を取りながら、丁度バッターボックスとピッチャーマウンドの真ん中辺りで"消える"。

國山のバットが神がかったスピードでスイングされる。

甲子園球場が大歓声に包まれる。

種田は思う、やっとこれでクソッタレの野球人生におさらばだと。


種田ホープ軒

大田区の蒲田にあるラーメン屋の赤い年季の入ったテーブルの上にビールの中瓶が2本並んでいる。 グラスには半分程度のビールを残して、飲みそうで飲まない中年の男が、テレビの野球中継に目が釘付けになっている。
隣の席では20代の若者が、無我夢中で麺を啜り、左手に箸、右手に蓮華を持ち、スープと麺を交互に口にかき込んでいる。

「いやーダメだ!監督もうダメだよ、スタミナ切れだよ、変えてあげなきゃ…ダメだこりゃ。
ねえ、おやっさん、そうでしょ? いくらエースだって言ったって、抑え投手を育てられてないからこういう無茶な使い方しなきゃいけなくなるんだよ。 ねえおやっさん。」

聞かれたラーメン屋の店主は苦笑いだ。

「おやっさんならどうする? こんだけ後半撃ち込まれてボロボロな奴に、それこそエースに無茶させるかい?」

店主は黙々と餃子を皮で包みながら、答える。

「うーん、どうかなぁ、投げさせて欲しい時もあるしねぇ、色々心配で投げたくない時もあるしねぇ、どっちだろうねぇ。」

それを聞いていた若者が食を止めて、尋ねる。

「なんで山さんはさ、ここのおやっさんに野球の事そんなに聞くの? おやっさんは野球に詳しいわけ?」

「バカガキかオメェは、この人は昔プロだったんだよ、わかる? プロ野球選手! 知らねぇか? 投手種田と言えば、アレだよ、あれ、キエルマキュウ!」

「えー!おやっさん野球選手だったんすか。すげぇ、知らなかった。 つーか、なんすか、キエルマキューって。」

「ノータリンのボンクラガキだなお前は、消える魔球だよ、冗談抜きで球が投げた後に消えたんだよ。 そりゃあお前、30年前の伝説だよ」

「え!マジすか、消えたら無敵っすね、絶対打てないっすよ、エモい。」

「あ?エモ?まぁとにかくだ、種田のおやっさんは昔は伝説の男だったんだよ、今はこんなラーメン屋、、ああ、すまねぇ、美味いラーメン屋の店主だけどな!」

そこでやっと種田が口を開く。

「あー山ちゃん、もうその辺で勘弁して頂戴。 あんまり野球は思い出したくないんだよ」

「え、おやっさんでも毎晩野球中継テレビで流してるから、俺はてっきり今でも野球好きなのかと思って」

「うんまぁ、野球はね、今でも好きだけどね、いろいろあったから。」

若者は言う。

「何があったんすか?」

種田が口を挟む間もなく、中年の男が開口一番代弁を勝手にしてしまう。

「あぁ、そりゃお前聞くだけ野暮ってもんだよ、考えてみろ、プロの世界で、あいつらガチンコで死ぬ程練習して、厳しい競争の中でプロになって、そこからお前、更にレギュラーの座を争って、なんとか食っていくわけだろ? それも相手は全員日本全国からの野球天才児の集団の中で勝ち残った連中だぞ
高校野球だってそうだ、予選を勝ち進んで、甲子園に進むだけでもとんでもない事なんだよ、更にプロになる連中はその中のほんの一握りだ。
プロ野球の世界でも全く活躍できずに引退していく奴もいる、2軍から上がれずに終わる奴だっているわけだ。
それを球が消えるというとんでもない天賦の武器を持ってしまったんだ、周りでは色々起こるだろうよ。 昔はインチキ投手なんて揶揄する連中も居たよなぁ、一度は科学的な検証までどっかの大学研究所の偉いさん巻き込んでやってたもんなぁ。 なぁ、おやっさん。
要するにインチキしてるんじゃないかって、世間が騒いだのさ。」

「うわー、超大変そう、オレ無理っすわそういうの。 だっておやっさんインチキしてなかったんでしょ?」

「そうだ、この前教えてくれたけど、おやっさん自身、なんで消えるのか、自分でも分かってなかったんだってさ。 おやっさんはおろか、世界中が注目して、みんなこぞって研究したけど、結局分からなかった。 んで、一番凄かったのは最後の試合。 種田vs國山だよなぁ。 ねぇ、おやっさん。」

「あぁ、國山さんね、凄い人だったねぇ、生きてれば65歳になるのかなぁ。 最後にあの人と戦えて良かったよ」

「なるほど〜ライバルってやつっすね!いいなぁ、オレもライバル欲しい〜!」

「このポンコツクソガキ、無職のお前にどうやったらライバルが出てくるんだよ!仕事しろ仕事!」 

「それもそうっすね、オレおやっさんの店で修行しようかな。」

「うん? あぁ、やってみる?良いですよ、今ワタシも引退したくて後継考えてたしねぇ。 まぁ、本気なら。」

種田は微笑みながら言う、無職の若者の無邪気な世間知らずさに、少しホッとする。

種田は齢66歳になった今でも考える事がある。
結局の所、あの消える魔球というのはなんだったのだろうか?

あの球が投げられなかったら、自分の人生はどうなっていただろうか。

今でも思う、國山さんなら答えてくれるんじゃないかって。続く





なかなか小説を書く時間を捻出するのが至難の業になってきて、頭の中でストーリーだけが構築されていく日々が続きましたが、何とか着手まで。
着手したのは良い物の、少年野球をやっていた頃から31年も経ってしまい、野球のリアルな部分を書くのがとても難しい。
今でも大きな公園に行ってみると、少年も、大人も、一般に貸し出ししているグラウンドで野球をやっている姿を遠巻きにぼーっと見ていたりする。
今、思いっきり球を投げたら肩がおかしくなるのかぁとか思ったりする。
自由奔放に転がる白いボールに、だだっ広い場所、真ん中に立ってみると、何かの演劇の舞台の主人公になったような気分になったりする。
丁度大谷選手が大活躍しているWBCも相まって、野球の話は書いていると結構面白い。
大谷選手も超人である、それはそれで現実世界の超人である。
しかしながら、ここで出てくる種田は、超人ではない。 ただ妙な球をたまたま投げられるだけの、他は全て落第点の貧弱な投手。 彼がキエル魔球を交えて過ごした人生は幸福と苦悩に満ちていると思う。
きっと、もしキエル魔球を投げる選手がいたならば、きっと幸福ばかりではないだろうと。
そんな小説である。




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