2023年7月27日木曜日

キエル魔球 ~元実況アナ 駒田 その2~

 1983年度のドラフト指名で圧倒的に票を集めたスーパールーキー新山和樹選手は千葉を本拠地とする千葉ロッテシャークスに入団、初年度のオープン戦中から奪三振を量産して先発投手として1984年からエースとして活躍した。 驚異的なスピードを誇るシュードボールと決め球のストレートを使い分け、ファウル以外は打つ事が困難といわしめた。 

しかしながら、マウンド上での活躍の慢心からか、プライベートでの素行の悪さが目立つ様になり、チームメイトや取材陣への言動にも大柄さが出る様になる。

 

だがそれも、平均防御率1.45という驚異的な成績で周囲を黙らせた。

 

プロ3年目となる1986年のペナントレース前半戦を終えてオールスターゲームへ出場が決まった新山投手は記者がこう質問したことがある。

 

「新山選手!オールスター戦決定おめでとうございます。 セリーグ側には当然國山選手も出場決定していますが、対戦への意気込みなどあれば、伺いたいのですが!」

 

4割バッター國山さんですよね、まぁ良い選手ですよね。 しかし、打ち取れない様な打者ではないと思うんですよ。 申し訳ないですが、こう言っちゃなんですが、よくあのバッティングフォームでよく打てていますよね、身体の軸なんてフラフラしてるし。 普段から対戦してる訳ではないですが、当然打たせないですよ、宣言しちゃいます。」

 

「当然投げ勝つと?」

 

「当然です、確かに当てるのは得意みたいですが、ファールしか出ないでしょうね。」

 

「楽しみにしています!」

 

問題の1986年オールスター戦の新山vs國山は1戦目に早々に実現した。

 

先発新山対、4番國山の第一打席はファウルボールが2本、カウント2ストライク1ボールになっていた。

 

芯で捉える事はまず不可能と呼ばれる新山のシュートボールのキレはこの日も驚異的だった。

 

新山が投球フォームに入り、グローブを胸の前で包み込んで、祈る様に目を閉じる。

 

左足を軽く上げ、振りかぶってバッターボックスを目掛けて投げ放つ。

 

球速150キロ後半をマークしながら真っ直ぐ伸びていく弾道は、ストレートにしか見えないが、バッター直前で僅かに斜め下へ下がりながら、ホームベース側から見て左へ急激に曲がる。 

 

右バッターの國山にとっては、デッドボールではないかと思わせる程に弾道に体が近く、身をフラフラと引きながら、グリップに近い位置へ当ててファウルへと持ち込む。

 

恐らく前に飛ばそうと思ってしまうと、内野ゴロが積の山になってしまう所である。

 

既に第一打席でこの応酬が8球連続続いていた。

 

新山はここで感心した。

 

「確かに凄いな、目が良いのか、当てる勘が鋭いのか、球筋を読んで絶対にバットを当ててくる。 まだ一回も空振りしていない、それにしてもあの涼しい顔はなんなんだ、デイリーヤマザキに買い物に来ましたくらいの感じだ。 イラつく男だ。」

 

カウントはツーストライク、新山はそろそろ打ち取りたい衝動に駆られ、勝負に出ることにした。 

 

普段はシュートの山で追い込んで、いつ出るかわからない高速ストレートがフォークで打ち取るというのが決め球になる。

 

新山はストレートで國山を打ち取る事にする。

 

新山の10球目、渾身の高速ストレートは161キロを記録、一見してシュートと見分けがつかない。 打者はここまで全てシュートを投げられここでストレートと判別するのは非常に困難である。 

 

が、この打球で國山のバットは球を真芯で捉える。

 

バットが心地よくしなって、球が瞬間的に柔らかく感じる。 

 

球場全体が一瞬息を止めた事が分かるくらいに静まった後、大歓声が湧き上がる。 

 

打球は高々と上がり、レフトスタンドの奥深くに突き刺さった。

 

國山は少し微笑んで、独り言をぶつぶつと言いながら、悠然と一塁ベースを蹴ってダイヤモンドを一周する。

 

「なんでだ、投げた瞬間に完全にストレートを読まれていた。そんなバカな。」

 

新山は投げた瞬間にここで打つという体制を取った國山に戸惑いを隠せない。 

 

そして新山の悪夢はこれで終わる事は無かった。

 

続く第二打席、第三打席、國山に初球を本塁打された。

 

9回まで新山は國山以外の打者を完璧に凡退に打ち取っていたが、國山だけを退けられない。

 

「なんなんだこいつ!なんでだ、なんで、どうなってるんだ!」

 

新山は完全に精神的に敗北していた、今まで味わった事のない恥辱に晒され、めった打ちにされ、プライドをズタズタにした、國山に憎悪に近い感情を抱く。

 

と、更にそこで國山が第四打席でとある行動に出た。

 

球場からクスクスと笑いが止まらなくなった。 誰もが、コメディ映画を見て失笑している様な笑い声。

 

國山は右手一本でバットを構え、打席に入った。

 

この勝負はもうついていた、天才4割バッター國山は誰も打ち取る事が出来ない。 

 

完全にキレてしまった新山は新山で、ここでデッドボール覚悟の球を投げる。

 

新山の手を離れたボールは明らかに異常に打席寄りの弾道を走り、真っ直ぐ國山に向かって来る。

 

球が新山の手を離れた瞬間、誰もがここで遂に國山が打てないだろうと思った。 流石の國山も、普段このレベルの悪球を無理に打つ事はなく、甘んじて避けるか、死球で出塁する事もある。 それ故の4割であり、4割バッターとはそういったレベルなのである。

 

しかし、國山は今回両膝をコンパクトに畳んだ後、カエルの様に後方へ飛びながら、同時に右手に持ったバットを無茶苦茶な振り方で振り回して、殆ど大道芸の様な体制でパコンと球に当てて見せた。

 

自身は後ろへ飛んだ勢いで、後方でんぐり返しの様な状況で転がっている。

 

当たった球はフラフラと舞い上がり、観客はため息を吐く。 ああ、これはフライだな、そう思わせる当たり。

しかし、そのため息が大体終わる頃、ライト側のフェンスのギリギリに球がスポッと入ったのであった。

 

ホームラン。

 

國山は4打席全てホームランにしてしまった。

 

その夜、國山はヒーローインタビューでこう語った。

 

「実地調査が終わるまでは皆さんは平和な生活が送れる事にゃ、皆さんそれ迄の命…じゃないや、せいぜい野球を楽しんでくれにゃ。

しかし、新山ちゃんの球は悪くないんだけど、この星の、じゃないや、この球界の最高の球じゃないかな! この國山が打てないもっと難しい球を投げる投手が現れると良いにゃ。」

 

球場からは更に笑いが湧き上がる、狂人國山、そして天才バッター國山はこの事件をきっかけにこう称される。

 

"宇宙人バッター國山"

 

後に新山選手は、この國山選手との対決を、新聞記者にこう語ったという。

 

「全身の毛穴から汗が吹き出して、生まれてこの方かいたことのない恥を晒すことになるのではないかと思い、もう終盤は指に力が入らなくなってしまいました。

なんと言いますか、本当に逃げ場がなくなった時に子供みたいに無性に泣きたくなるあの感じですかね。 あの人、國山さん、もしかしたら、本当は4割以上打てるけど打ってないだけなのかも知れない。 なんとなく、そんな気がしますね。」

 

因みにではあるが、新山投手はこの後のペナントレースで急激に体調を崩して故障を乱発して、一軍を退き、引退してしまっている。

 

後に新山運送という運送会社を立ち上げ、現在は当運送会社の代表取締役として就任している。

 

「いかがですかな?加藤さん。 これが現実のプロスポーツ界で起きた事とは思えないゲームの詳細なのですが。」

 

「あり得ないですね、右手一本で当時のスーパーエースを滅多撃ちですか。」

 

「そうです、國山さんとはそのくらいやってのける人でした。 気になったのはそのヒーローインタビューで、皆さんの命がなんとかとか言っていましたし。 当時は熱狂して皆一様に何かの冗談かと思ったみたいですがね。」

 

「だけど、それに纏わって國山さんが何か事件でもしでかしたという事実は出てきませんよね?」

 

「そうです、國山さんは引退もせず、ある日突然失踪して、そして死んだ。 多摩川の河川敷で死体で発見されたんです。死因は今も不明です。」

 

「うーん、新山さんは現在も地元で運送会社を経営されておられるのですよね?」

 

「噂で聞いた限りでは、その勝負の後、スッカリ野球への情熱を失ってしまってね。 今では会社の運営の方がすっかり板について、良い社長さんになられたとか。」

 

「俺、新山さんに会ってきます。」

 

「あぁ、それはどうかなぁ、新山さん次第ですな。 でも何事も当たって砕けろですね、お若い方のチャレンジは多分歓迎されるのではないかと思いますよ。」

 


キエル魔球も4回目に入って、相当難しい感じになってきてしまった。 國山と種田を引き合わせるまでの線と点がなかなかの難しさである。 國山の危険度を少しずつ臭わせるあたりも、匙加減がとても難しい。 種田の活躍が先延ばしにせざるを得ない点もかなりもどかしい。
小説を書くのは途轍もなく難しい、バイク修理と同じくらい難しい。

キエル魔球 ~種田ホープ軒~ その3 種田と國山

「東京外国為替市場の円相場は高値で横ばいになっています。 1ドル110円45銭~47銭の高い円高水準となっており、日本 製品の競争力低下が懸念されいます。」 店内の天井隅に設置されたテレビから為替のニュースが事もなげに ツラツラと流れている。 幸田は素早くざっとの計算で自身の外貨...