「はいはい」
電話の相手は無愛想な印象で、端的に返事だけを発した。
新山運送は従業員数50名を抱えるそれなりの中小企業であり、走らせている関東のトラック便も関東圏内の業界ではそれなりのシェアを誇っていた。
特に千葉県内のシェアが強く、地元企業としては有力な方である。
しかし中小企業にありがちな、配送の依頼ではない案件に関しての窓口以外は存在せず、とりあえずのホームページに記載されていた代表番号に加藤はこれまた若さなりの勢いと情熱に身を任せて、いきなり電話を掛けてみたのである。
「あ、失礼ですが、新山運送様のお電話で間違い無かったでしょうか?」
「はい、そうだけどどちらさんかな?」
加藤は大手の新聞社の一員であるが故に、こういった類の対応には些か不満を感じる、大手では決して許されない横柄な態度である。
新山運送の社員教育はどうなってるんだと、憤然としてしまったところで、まさかと思う。
「大変失礼ですが、お電話口の方は新山社長でしょうか?」
「ああ、そうだけどね、お宅は誰なの?」
加藤は身分を明かし、電話した要件と新山運送に行き着いた経緯を細かく説明した所で、新山社長、つまり元千葉ロッテシャークス新山投手はこう答えた。
「國山さん…アンタ本気でそれ嗅ぎ回ってるのか? あ、ダメだ、電話だと話せない、要件は分かったからとりあえず会社に来てくれ。
車で来るのか?」
「は?勿論こちらからお伺いさせて頂きますが、電話で話せないというのはどういった事情なのですか?」
「いや、それも会ってから話す。 後もう一つ、種田という人に会ったか?」
「種田さん、勿論お名前は聞いてますが、國山選手の取材上で候補に上がっていますが、まだ会ってませんね。」
「それなら良かった、会わずに来てくれ。」
加藤は電話の後、駒田元実況アナウンサーの自宅を出て、秩父から直接千葉県柏市にある新山運送まで車を走らせていた。
加藤は流石に遅い時間に申し訳ないと思ったのだが、当の新山社長は気にも留めなかった。
何時でも会社にいる、中小企業の社長に休みなんてないと、社長はそう断言した。
夕方ごろに秩父を出て、柏市まで一旦関越道を戻って外環で行くしかない。 2時間は掛かる。
道中、ぼんやりとまた長閑な景色に目を見やって、駒田氏の言葉を思い出す。
國山のヒーローインタビュー。
"皆さんの命もなんたら"
"引退もせず河川敷で死体で見つかる"
一体どういう事なんだ?
彼は野球選手ではないのか?
だとしたら何の為に野球をやってたんだ?
疑問ばかり出てくる、調べれば調べるほど謎だらけだ。 4割打ってた野球選手を調べるだけで、何故こんなに妙な不気味な背筋がゾクゾクする悪寒を感じるのだろう。
そこに突然スマホに電話が入り、車のオーディオパネルに"公衆電話"の表記が表示される。
加藤は直感的に全身に鳥肌が立つ、この電話…何だ、何故か出てはいけない気がする、何故今時公衆電話なのだ?
が、記者としての気概か、出れる電話は全て出る。 情報を得られる機会を僅かでも失わない、関さんに叩き込まれた基本だ。
加藤は通話のボタンを押す。
「もしもし。」
「ジー、ジー、ガガッ」
「もしもし?どちら様ですか? 新山さんですか?」
「ガガッ、地球人はよく働く。 だが、働きすぎは良くない…暫く休みを取ったらどうか?」
「あんた誰だ? 急に何を言ってるですか?」
「ジジジー、休め、止まれ、止まれ?じゃないや止めろ?」
そこで電話が切れる。
加藤は急に恐ろしくなってサービスエリアに止まり、自動販売機に早歩きで駆け寄り、お釣りを取るのも後回しにしてブラックの缶コーヒーを一気に飲み干す。
何ださっきの電話。 何だろうこの違和感、この世のものでは無いような声の質感と言うか、違和感。 電波の様なノイズを聞いている様な。
変な言葉を聞いたような感じ、この世の言葉ではない様な。
この世の物ではない? 國山…國山? 國山だと? あの雰囲気、まさか。
しかし、あり得ない、國山はとうの昔に死んでいる。 実際に遺体も出ているし、その後國山を見かけたなんてオカルトも聞いた事がない。
この取材、やばい感じがする。
だが、暴かないといけない気もする、國山選手の謎。
気を取り直し、加藤は車を猛スピードで車を走らせて、外環から首都高速6号、国道16号へと走らせていく。
ようやくの長いドライブを終えて新山運送株式会社に到着した際に驚いた。
会社の表でタバコを吹かしながらしかめっ面の初老の男性が待っていた。
「あの、中日スポーツの加藤と申します、新山社長はいらっしゃいますでしょうか?」
「待ってた、俺だよ。 良かった、アンタ無事に来れたか。」
「え? ああ、まぁ安全運転で来たので。わざわざ待ってくださってたんですね!」
加藤は新山の言う、無事にという言葉に引っ掛かりを覚える。 普通言わないな、無事に? 高が高速を車を走らせて来ただけだぞ。
「まぁ、とりあえずウチの応接室に来てよ、ここじゃ立ち話になっちまうでしょ。」
「恐れ入ります、お忙しい中お時間頂戴しまして申し訳ありません。」
「本当だよ、中小企業の社長は忙しいからね、何だったら人がいない時は俺が運転する時もあるんだから」
「そうなんですか! 社長自らですか?」
「うん、いやまぁ、それはどうでもいいか、それより國山さんの事だろ?」
二人は社屋に入り、階段を上がりながら応接室に向かう。
歩きながら新山が聞く。
「ところで加藤さんアンタ、あの人の事、どこまで調べたの?」
「本日は元実況アナウンサーの駒田さんへ取材に行って参りまして、そこで当時の試合の話などをお聞きして、その過程で新山社長のご活躍を耳にしまして…」
応接室のドアを開けて、新山がソファを指さして座る様に加藤を促す。 話しながら、手慣れた手付きで自身でお茶を入れる。
新山は元プロ野球選手だけあって背高でがっしりとした体格だ、背中も広い。 この体格に相待って恰幅も良く、少なくとも見た目だけで言えば差し詰め貫禄タップリの社長さんである。
「ああ、それで俺があの人との勝負で滅多打ちになってその後引退した流れで聴いてる訳だね。 それ以外で國山さんの話は聞いたか?」
「いえ、駒田さんも國山さんは謎ばかりで詳しい事は分からないと。」
「ならそれでいい。 悪いことは言わない、もうこの辺でやめときな。」
「は?やめときなっていうのは、取材をですか?」
「そうだ、國山さんの事は謎で良いんだよ、それでもう解決したし、苦労して解決した人がいるんだ。 その人の苦労を台無しにしちゃいかん。
それに…」
「何ですか勿体ぶって!」
加藤は全身でやばい案件の匂いを嗅ぎ取る、記者の勘というものかも知れない。
「アンタみたいに國山を追いかけて消えた人間がいる。」
「消えた?行方不明って事ですか? 何ですか、バカバカしい、國山さんは反社が何かの親分さんですか?」
「まぁみんなそう言うんだよ、バカバカしい、そうだよな。 だけどな説明不可能な事だって世の中には沢山ある。 おかしな事が周りで起きてしまう、最初からおかしかった…あの人が球界に入った所からおかしかったんだよ。」
「新山社長、一体何を知ってるんですか? 話して下さい。」
「アンタ命知らずだな、この会話だってどこまで聞かれてるか分かったもんじゃないんだが…分かった。 まぁとりあえずお茶飲みなよ。」
そう言って新山はお茶を加藤に勧める。
その手が少し震えているのを加藤は見逃さなかった。
怯えている? 加藤は縦横無尽に駆け巡る好奇心と、先程の公衆電話からの会話の恐怖との交錯で、自制が効かなくなっていた。
こんな時関さんなら一旦落ち着いて家に戻って一呼吸置くのだろうか?
まるで先が早く知りたくて、グングン読み進めて止まらなくなってしまった小説の様だと感じる。
加藤は新山の話の結末を、水に飢えた植物の様に吸収していく。
一方その頃、大田区の種田ホープ軒に変わった二人組の男達が来店していた。