2023年1月14日土曜日

河川敷ファーザー ファイナル

東海が狂気とも思える凶行に出た挙句に、振り上げられたナイフが振り下ろされるまでの間が何秒間だったのか、僅か数秒の間で、俊樹はある日の夢の中で見た光景を思い出す。

夢の中で、思いがけず面食らった場面で争いになってしまうが、思い通りに体が動かない、今すぐそこに走り込みたいのに、まるで自分の足に重りでも付いているかのように、普段ならばもっと俊敏に動けるはずなのに、恐ろしく体が重く鈍く、水中にいるかの様だ。

そう、あれはまるで、プールの中を走っている様な、そんな夢を見たことを思い出す。

振り下ろされるナイフの先端は、俊樹が俊男の元に駆け寄るに足る距離の、何十分の一だろうか。

その距離をナイフが振り下ろされるより早く、この足であの場所に入り込めるのか。

とても悲しいけれど、きっとそれは叶わないのだろう、俊樹は直観的にそれを認識してしまった。 だから彼はきっと叫ぶしかないのだろう。 

”もう止めてくれ、これ以上俺の家族に関わらないでくれ”

それが今この瞬間の彼の最たる願いであり、平穏に暮らしてきた彼ら篠崎家にとっての渇望される願いである。

だがそれを圧倒的な無感情さで突き破って押し入ってくる暴力に、人生最大限の勇気と精神力で立ち向かっている俊男。

その戦いを、命の危険を顧みず守る母親、身体を張って全員をまとめて守ろうとする俊樹の正しい道徳観は、成す術もなく暴走する純粋かつ未成熟な人間性が操作するナイフの先端で破壊されてしまう。

きっと意外と牧歌的な結末が待っていると信じていた俊樹が、ここまで来て初めて恐怖したのは、会ったことも見たことも無い、人生で関わりようの無かった狂った人間の暴走した力を目の当たりにしたからである。

俊男は雄叫びを上げて、東海の胴体にタックルを当てる。

ほんの少し、桃子から東海を遠ざけるが、それ以上は東海はビクともしない。 

中学生の男子の成長期というのは差が大きい。 人によっては1年生から一気に成長が始まるが、遅い成長期であれば高校生にならないと大きくならない子もいる。 この二人は明らかに対照的だ、一方はもうすでに180センチ近い、一方は160センチ程度、余りにも差が大きい。 

幸い桃子からは東海迄の距離は2メートル程度、だが俊男は背中を無防備に東海へと晒してしまっている、もはやナイフの事など気にも留めていない、母親を死ぬ気で守りに行っている。

俊樹の叫びは届かない、ナイフは無常に振り下ろされる。

もう駄目だ、間に合わない。

だが、そうはならなかった。

生きた魚の表面の様な煌びやかな刃はどこにも刺さらず、俊男の背中の手前でピタリと止まり、東海の顔が強烈に歪んで身体をぶるぶると痙攣させる。

東海の背後に亡霊の様に見えるバイクのヘルメットを被った黒ずくめの男が一人立って、東海の首を後ろから右腕で掴んでいる。

東海は思わず身悶えして前方に駆け出す。

黒ずくめの男は無言で立っている。

東海「誰だお前!何しやがった!?。」

黒ずくめの男「気に入らないので止めただけだ。」

俊樹は思い出す、この男、さっき土手の後方から俺を覗いていた男だ。全身真っ黒なライディングウェアーを纏っていて、フルフェイスのヘルメットはスモークになっていて表情は全く見えない。

何かの道具だろうか、両腕、胸部、腰回りに妙な装置を沢山ぶら下げている。

ヘルメットの中から無線の通信の様な雑音が微かに聞こえる。

「足田!お前、いー何やって―ー 標的はーーー!」

「悪いな幸田、ちょっと寄り道した。見逃せない案件だ、直ぐに終わる。」

東海は自分が何をされたか分からない、全身に電流が流れて身体が雷を打たれたように動けなくなった。 無論東海は雷に打たれた事が無いのだが。

これまで感じたことのない恐怖を覚える、あまりにも異様な雰囲気の大人の男に対峙して、誰彼構わずに傍若無人に立ち向かってきた彼はこの時点で、生まれて初めての気負いを覚える。

俊樹はこの隙に一気に東海の方へ走り込む。

俊樹「このガキ!お前自分が何やってるのか分かってんのか!」

突っ込んできた俊樹に顔面を思い切り殴りこまれるも、思わず俊樹を殴り返す東海。 そして二人はもみ合いになり折り重なる。 

その内に東海だけが立ち上がる、俊樹は四つん這いになって動けない。 

腹に、腹に力が入らないぞ、熱い、何だこの暑さと全身から噴き出す汗は。 

桃子「お父さん!なんで!なんでこうなってしまうの。」 

桃子が泣き叫びながら駆け寄って俊樹を支えるが、たまらず寝転んで仰向けになると、左の脇腹から大量に血が流れだしている。

俊男と他の子供達は目の前で起こっている現実に唖然として茫然自失で立ちすくむ。

すかさず黒ずくめの男が東海に立ち向かう、目の前まで迫ったところで、もはや半狂乱と化した東海がナイフを前へ突き出す。

男は左手でナイフの刃先を直接掴む、ガッチリつかんで離さない。 東海が左腕を右手に重ねて力ずくで引き抜いたが、それでも男の左手は無傷。

男はゆっくりと落ち着いた動作で、右の掌を開いて東海の顔へ向け、ヘルメットの首元に付いたスイッチを押す。

次の瞬間、強烈な閃光が東海の顔面で炸裂。 東海は顔面を手で覆いのた打ち回る。

視界を奪われた東海の元へゆっくりと近付いて、再度首を後ろから掴む。

今度は右腕の袖当たりのスイッチを左手で押すと、先程と同じ様にまた東海が一瞬激しく震えて、完全に沈黙した。

すぐさま男は俊樹の元へ近づいて、流血している箇所を確認して、何やら無線でやり取りを行っている。 

男「幸田、怪我人がでた。 脇腹をナイフで刺された人物がいる、介入したからには一般の病院は使えない。 例の病院へ俺がバイクで運ぶぞ、連絡を入れておいてくれ。」

無線「お前一体何やってんだ!なんで他人のトラブルにお前が絡んでる、おまけに怪我人だと!?」

男「悪いな、人助けだ。 見過ごせない状況だった。 たまには俺の道楽にも付き合え。」

無線「・・・。分かった、傷口にタオルを当てて縛って圧迫してから搬送しろ。 それで失血死なら運が悪いな。因みに重篤な内臓損傷の場合は処置は諦めてもらう、それが嫌なら救急救命に行け。」

男「了解。」

男は俊男と桃子に指示を出し、俊樹を自身の身体に積載していた積み荷積載ベルトで固定して銀色の大型バイクにまたがり、エンジンを掛ける。 強烈な低音で周囲の雑草が細かく震える程の低周波がこだますが、決してうるさい音量ではない。

去り際に一言言い放つ。

「ガキ共、もし次にこの家族に近付いたら。 一人残らず、必ず、殺す。」


~2週間後~


夏の夕方の雨は大抵決まってゲリラ豪雨だ、父さんは昔は夕立だったと言っていたが、夕立とゲリラ豪雨の差が何なのかを聞いたら、こう言っていた。

「夕立はさ、サイダーみたいな感じだよ。 シュワーってしててな。 雨なんだけどな、気持ちいいんだよ。 その後晴れ間が戻ったら虹が掛かったりするんだ、当たりが真っ赤に染まってな、そこらから晩御飯のカレーの匂いがしてきたりする。 ゲリラ豪雨とは違う。」

「ふ~ん、なんかよく分からないけど昔にしかなかったんだね。」

ゲリラ豪雨が迫りくる最中、喪服を着た桃子がコンビニで傘を買って戻ってくる。 

傘を俊男に渡して、二人で葬儀会館前で並んで立っている。

俊男「母さん、あれから東海君は学校にも来てないよ、事件にはならなかったけど。」

桃子「うん、、母さんね思うんだけど、あの子、誰かに止めてもらいたかったのかなと思って。 あのバイク乗りの男の人、良く止めてくれたわねぇ。 あの子、自分でももうどうやって自分を止めたら良いか分からなかったんじゃないかしらね。」

俊男「そんなの勝手だよ、あんな無茶苦茶しておいて。」

桃子「子供からするとねぇ、そうよねぇ。 だけど大人がしっかりしていればあの子があそこまでおかしくなることってない様な気もするのよねぇ。 廻りの大人がそれで良しとしてきた環境だったんじゃないかしらね。」

そこへスピードを上げた白いワンボックスが二人に近付いて停まってウインドウを下げる。

俊樹は苦笑いしながら言う。

俊樹「ごめんごめん!遅くなった、この葬儀場、駐車場が広すぎて何処に停めたか分からなくなってしまった」

俊男「だから入り口近くに停めた方が良いって言ったじゃん!」

俊樹「いや~すまんすまん、奥の方が落ち着くんだよ。さぁ乗った、帰ろう。」

車中でタオルで頭を拭きながら俊男は幾つかの気になっている事を俊樹に聞いてみる。

俊男「お爺ちゃん結局何歳まで生きたんだっけ?」

俊樹「90歳だったな、、、まぁ最後は眠ったまま逝っちまったからなぁ、それはそれで苦しむ事なくて良かったのかな。」

悲しそうな表情で言う俊樹に重ねて聞いてみた。

俊男「全然違う話だけど、父さんあのヘルメットの人と病院で話したんでしょ?どんな人なの?」

俊樹「それは、、、絶対言えない、話さない約束。 多分、良い人ではないみたいだ。 だけど、悪人でもないというか。 ただ言ってたよ、俊男も俺も桃子も、凄い勇気だと思うって。 だけど次からは相手の指定地には赴くなってさ。」

俊男「なるほど。」

ゲリラ豪雨は止んで、雨上がりの空が夕焼けに染まる。 車内が真っ赤に染まって、俊樹は嬉しくて笑ってしまう。 

笑うとまだ傷口が痛い。



書いておいてなんではあるが、後半の出来の悪さは自身でも容赦し難い物がある。

う~ん、小説って難しい。

短編と決めていたので、4話で完結させないといけないという縛りもあってか、ディテールにまで解説が及ばないのと、俊樹が生き延びたのか死んだのかをもっと上手くサプライズできたように思うがそうはなっていない。

長編であれば、東海のその後も描けるが。

またはヘルメットの男の登場のさせ方ももう少し工夫が必要である、ここだけ読んでもなかなかヘルメットの男の正体は当然つかめないが、書き方次第でそれに纏わる別ストーリーが展開されているのだろうと想像させることは可能であるから、ここではあまりにも稚拙な登場と言えると思う。

気を取り直して、次のお話を書いていこうと思います。

次は

”キエル魔球”

というお話。



キエル魔球 ~種田ホープ軒~ その3 種田と國山

「東京外国為替市場の円相場は高値で横ばいになっています。 1ドル110円45銭~47銭の高い円高水準となっており、日本 製品の競争力低下が懸念されいます。」 店内の天井隅に設置されたテレビから為替のニュースが事もなげに ツラツラと流れている。 幸田は素早くざっとの計算で自身の外貨...